蛮茶庵

フォト・エッセイ ごまめの歯ぎしり
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# 陽炎ゆれて jeudi 29 septembre 2005
井上陽水の歌に「かげろうゆれて 動いた」といふ一節がある。
そんな場面に出くわしたことがある。陽炎といふ言葉が自分のものになった瞬間であった。
陽炎ゆれて陽炎ゆれて 動いた

知識や情報として脳が知ってゐるが、手触りや重さを伴はない言葉がある。使ひたいと思ふが、抵抗があって使へない言葉、自分のものでない言葉がある。

辞書の言葉に自分の体感がどれだけ伴ふのか。伴ふものだけが、その人本人の言葉である。

言葉を捜し、言葉を自分のものにし、言葉で自分の領域を拡げていく。詩人や書き手は延々とそういふことをしてゐるのかもしれない。
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