蛮茶菴

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# 『日本の長い戦後』 その七 mercredi 17 avril 2019
この『日本の長い戦後』を読みながら感じたことは、この著者も、大多数の定期購読者と同様、朝日新聞の報道を信じてきた被害者だ、といふことである。それだけでなく、不憫にも、いまも朝日新聞信奉者である、といふことである。

日本の報道企業はどう考へても朝日新聞を頂点にした競争のない独占企業である。だから報道されたことを信じるのではなく、吟味してみる必要がある。

吟味の仕方は多種多様にあるが、最大の効果が期待できるのは、E.T.ホールの『沈黙のことば』を持ち出すまでもなく、時間のなかに置いて、時系列に沿つて、吟味することである。

吟味が、過去に遡り、その奥行きが深くなればなるほど、埋もれてゐた過去の事実を知ることになる。さうすればするほど、意図的に消されてゐた不都合な事実が明らかにされる。さういふ事実を時系列に並べると、それだけで隠されてゐた事実が語り出す。

前坂俊之の『大平洋戦争と新聞』(講談社学術文庫)を読む。せめて文庫版前書きと第一章を読むだけでも、過去の新聞の報道の一面を知ることができる。と同時に、現在の新聞の置かれてゐる現状を念頭に置いて、過去の記事を読むと、本質は微動だにも変はつてるゐないのが明らかになる。さうして現在も自分で、自分の首を絞めてゐる図柄が浮かびあがつてくる。

日本の新聞は機関紙「しんぶん赤旗」と同類である。多くの人が信じてゐるやうに、新聞は、民衆が考へるために、考への基本となる情報を提供してゐるわけではない。戦前は右にすり寄り發行部数を増やして金を稼ぎ、戦後は権力を監視すると主張して、發行部数をゆるぎないものにして金を稼ぐ。つまりはどちらに転んでも情報で稼ぐ銭ゲバに過ぎない。

20190417
   < 美しい日本の その一 >

「ソクラテスの弁明」と対になつて「クリトン」がある。ソクラテスは、法廷での釈明にもかかはらず死刑を宣告される。牢に入つてゐるソクラテスのもとにクリトンが来て、宣告に従ふ必要はないと脱獄を勧める。しかし、それを断りソクラテスは刑に服する。

新聞が銭ゲバたる銭ゲバの所以は、敗戦後の再スタート時の詭弁ーー「国民と共に起たん」ーーに全てが集約されてゐる。国民を騙し戦争へと煽つた新聞が「国民と共に起たん」といつて詭弁を弄する。ソクラテスは毒をあおり、自らの命を絶つた。かたや言ひ訳をし、詭弁を弄して、現在今日も醜態をさらけ続けてゐる日本の新聞。時はそれを語つてゐる。

さてその証拠を『日本の長い戦後』の「語らない父」に見ていく。

この「語らない父」といふ見出し、それだけで、戦争に行つた父は、すでに断罪されてゐる。戦争に行つた父は、戦争を「語らない」後ろめたさをもつ人として、裁かれてゐる。しかし至極あたりまえに考へて、国民の義務として戦争に行つた父がなぜ裁かれなければいけないのか。

本人の意思とは無関係に、戦争といふ殺戮の日常に直面させられた父、その父たちが、さらに戦後、戦争を語らないといつて断罪される。なぜ、さうされなければいけないのか。それに異常な体験をしたからといつて、だれもがその体験を語るだけの能力を備へてゐるわけではない。

山本七平のやうに語る能力がある存在は稀有だ。ほとんどの人が語る能力をもたない。それが事実である。また、語るには聞き手の存在も欠かせない。聞き手の存在があつて、はじめて語りが存在できる。それはユダヤ人狩りに遭遇しなければならなかつたボリス・シリュルニクの作品『憎むのでもなく、許すのでもなく』を読めば、語りの困難さが理解できるであらう。

丸谷才一の作品に戦争を拒否し、兵役の義務を忌避した人間を主人公にした作品がある。作品はそれで作品となり得るが、作品にならないもう一つの現実に光をあてたとしたら、作品はもはや作品とはならないだらう。しかし現実の全ての出来事は、人の思惑とは無関係に、常に、次元の異なるものでありながら、それでも尚且つ同次元で、混在しながら、同時進行してゐる。

丸谷才一の戦争を忌避した作品の語り手、その人にしても戦後雄弁であつたらうか?

20190417
   < 美しい日本の その二 >

来る年も、来る年も、八月になると敗戦企画がなされ、十五日のその日に合はせて記事を募る。毎年おなじ論調の懺悔の掲載では、飽きられてしまふし企画にもならない。読者に作爲が気づかれてしまつては元も子もない。だから、あれこれ基準を変へる。

ちようどパソコンのOSが新しく変はるやうにである。OSが入替ると周辺機器もOSに合はせて更新の必要が生じる。更新しなければ、周辺機器は使用できなくなる。新聞に掲載される記事も、設けられた基準、OSを満足させなければならない。そのために、そこで何がなされてゐるか。応募者は、基準に合ふやうに、自分の記憶の書換へを行なつてゐるのである。

さういふことからもわかるやうに、掲載される応募記事の実態は、もはや記憶ではない。基準・要請に合はせ、掲載されることを望み、忖度して作られた体裁のよい僞作物である。新聞に掲載されるものはその僞作物の羅列でしかない。それを整理整頓して、分類分けして、見せてみて、そこからなにが生まれるといふのか。

『日本の長い戦後』をもたらしたものがなにか?だれがさうさせたのか?その原因を究明しない限り、『日本の長い戦後』の呪縛からの解放は望めない。



蛇足:「新聞」で連想すること
新聞は、新聞といふ仮面を被つて、これまで「報道しない自由」と嘯いて、恣意的な報道で人々を騙し、意図的に人々を操作してきたのではないか?

人々は、これまで「新聞」の記事を、共産党員でない人が「しんぶん赤旗」の記事を読むやうな批判的態度で読んできただらうか?

逆に、人々は「新聞」に書かれた報道は、絶対的で、無条件に、正しいと信じるやうに教へられてきたのではないか?

権力を監視すると言ひながら、新聞そのものが最高の権力であり続けてゐるのではないか?






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