蛮茶菴

フォト・エッセイ ごまめの歯ぎしり
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# 『日本の長い戦後』 その四 samedi 23 mars 2019
日本敗戦後七十数年経つた現在でも、韓国が日本に対して要求してくるあれこれを念頭に置いて、『戦争責任と追悼』の、バルトのいふへぼ作家、えせ作者が書いた、意味を持たないプラスチック・ワードの麗句だけでできた文章、その文章を再読してみやう。

 私たちは「歴史と向き合う」不断の営みが、心を深く鋤き返し、明日への芽を育むことを信じてゐる。過去に学ぶことが多いほど、幅狭い了見にとらわれて自らの将来を閉ざすのではなく、むしろ未来に対して果敢になれる。また、私たちは私たちたらしめている過去と向き合い、そこから身悶えしながら未来に向かう真摯な姿勢が、国際的にも信頼される礎石になると信じている。

どうだらう。なにが見えてくるだらう。「身悶えしながら未来に向かう真摯な姿勢が」手に取るやうに見えてくるだらうか?

事前に念密に打合せしたかのやうに、これは韓国の要求と生き写し、瓜ふたつの双子そのもの、ほぼ百パーセント、実に隙間なく重なり合つてゐる。また同様、日本政府のなかにも韓国とぴつたり重なりを持つ人たちがゐる。それは、なにごとにも、政府の判然としない対処を知るとわかる。それは昔からのこと。日本の国民は呆れはててゐる。知られてゐないどこかで、手放せないほどうまい汁を吸つてゐる人たちがその対応にあたつてゐるからだらう。

20190323

ジュンク堂が池袋に進出する以前、駅を挟んだ反対側の西口に芳林堂といふ本屋があつた。そこでの若い女子店員のヒソヒソ話、文庫本の会社別のランクの話がおもしろかつたのをいまでも覚えてゐる。その子たちにとつては、それが最初に覚えなければならない業務知識だつたのかもしれない。

福間良明はマクルーハンの「メディアはメッセージ」を取り上げて、情報を盛るメディアについても述べてゐる。メディアそのものが、認識の仕方や社会編成を変容させていく力をもつてゐることに触れてゐる。

みすず書房から出版された『日本の長い戦後』についても同様のことがいへる。ある程度の読書人にとつて、みすず書房は出版業界のランクの上位にある信用の置ける会社である。そこから出される本は、出版した時点で、それだけの信用性を有するものとして受け取られるし、さういふ見方を受け手に与へ、流通する。ただし内容が硬いから、さほど売れるものではないといふ認識も伴つて。本の装幀も、みすず書房独特の白を基調とした作りになつてゐる。

読み手は、内容以前に、さういふ既知情報を前提として、この本を手にする。だから批判的な視点でこの本を読む人は少ないだらう。メディアはメッセージとはさういふ先入観をいふ。当然先入観が正しいときもあれば、さうでないときもある。

今回は後者であらう。さう考へてゐる。

20190323

トラウマを治療するには、トラウマを惹き起こした原因を特定して、それを治癒する対策を立てることである。ところで日本人として日本で生きてゐると、奇妙な現実を知らされる。

毎年八月になると、必ず戦争の話が持ち出される。仕掛け人は映像メディアであり、文字メディアであり、音声メディアである。さらに奇妙なことは八月十五日を過ぎると、掌を返すやうに、途端に戦争の話が姿を見せなくなり、消えてしまふ。さうして来年の八月まで完全に姿を消してしまふ。

これを日本は何十年と亘つて繰り返してゐるのである。まるで問題が解決してしまふと飯のタネがなくなるのを恐れてゐるかのやうである。だから数年ごとに新しい視点を設けて、そこからの語りが論じられる。つまり新しい話題での井戸端会議がはじまるのである。

「美しい国」の記憶、「悲劇の国」の記憶、「やましい国」の記憶。この記憶の順番を見て何も感じないか?この順番は自然な並びだらうか?メディアの仕掛けを感じないか?戦争に駆り出された人の記憶をどれほど集めても、戦争の真の姿は炙り出せない。それは前にも言つた。

それを承知で、毎年八月になると延々と企画して、戦争に召集された人たちを懺悔させる。この懺悔を見て満足しながら、同時につぎを構想する人たちがゐる。完治しない病は八月十五日を過ぎると放置される。さうして完治しない病は、また翌年の八月前に再発する。実に巧妙に仕込まれてゐる。

八月に特集する戦争ものを二月に特集したとしたら、赤字になると顰蹙を買ふだらう。心底トラウマを治したいのなら、集中治療すればよい。いやこれは不治の病か?不治の病であつてもらいたいのか?

詰まる所、この本を読んでも戦争のトラウマの正体は判らない。正体がわからないから、対症療法も見つけられない。それよりも治療以前に、来年の八月には戦争のトラウマにどのやうな傷口が発見されるのか?この蟻地獄に快感を見出し楽しむ人たちがゐる。









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