蛮茶菴

フォト・エッセイ ごまめの歯ぎしり
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# 十八歳有権者が「報道しない自由」を論じたら samedi 29 juillet 2017
詭弁
報道する側が権利として「報道しない自由」を主張することで、報道されない事実がある。もし「報道されない事実」が報道されたら、これまで報道されてきた報道と整合性が取れなくなる。さういふ「報道されない事実」があつたと知つても、考へが硬直化した人には、新情報、つまり「報道されない事実」を取入れて更新することは、面倒くさく、嫌さが先に立つて、できないだらう。

期待できるのは
二〇一五年に公職選挙法が改正され、十八歳の人たちが有権者に加はつたいま、これらの若い人に、「報道しない自由」とは?と、論じてもらふとどうなるだらうか。報道側が主張する「報道しない自由」とは異なる多様な根本的な意見が出てくるだらう、現実する以前から期待してしまふ。考へが硬直化した世代には期待がもてないのだから、せめて頭の柔らかい若い世代に期待したい。

報道されない閉会中審議の加戸元愛媛県知事の答弁


ヘソが茶を沸かす
メディアはもつともらしく権力の監視者だといふが、多くの人から見れば、その言葉がそのままマスメディアに当て嵌る。「報道しない自由」を隠れ蓑に、人を欺いてゐるのはマスメディアだ。なぜ加戸元愛媛県知事のこの発言を報道しないのだ?機関紙ならまだしも、不特定多数の国民を対象にしてゐて報道しないのは「知る権利」の侵害、剥奪である。

さういへば、秘密保護法の審議の時点ではマスメディアは「知る権利」を盾に抵抗した。それがいま、マスメディアは「報道しない自由」を盾にとつて、だれもがもつ基本的人権のひとつ「知る権利」の権利を剥奪する加害者になつてゐる。これをどう説明するのか。

常識は非常識
報道がいふ「報道しない自由」とは、一般常識の文脈では通用しない理窟である。これが自分が生きる国の進路を決めてしまふかと考へると暗澹としたやりきれない気持になつてしまふ。

もうひとつの参考動画
文科省の規制そのものが歪んでゐた












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