蛮茶菴

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# 責任を問はれるのは朝日新聞社だ その五 dimanche 14 mai 2017
イメージ
『イメージ 視覚とメディア Ways of Seeing』(ちくま学芸文庫)には「見ることは言葉より先にくる。子供はしゃべるようになる前に見、そして認識する」と書かれてゐる。

人は見る。そして、それが大脳の視覚野に伝はつて認識、理解する。ディック・ブルーナの絵本を持ち出すまでもなく、イメージは直接的にかつ強烈に視覚野に伝はる。だから残像濃く、印象深く、記憶される。

20170514

たれ流す
だれもが知るやうに、テレビ朝日は朝日新聞の子会社だ。そのテレビ朝日が
つぎのやうな映像を「たれ流」してゐる。

https://www.youtube.com/watch?v=J7sN7dM9YYg

なぜテレビ朝日はかういふ番組を制作するのか。

この動画を見てわかるやうに、つまりは修飾語の問題、個人個人が感じる多い少ないの感じ方の問題、だから議論にならない、永遠にかみ合はない。

つまりは感情論
感情論を論じたら収拾がつかない。感情は微妙な差異を問題にする。差異は埋まることはない。しかし人間は集団的動物である。集団で生きなければならないのだから決め事、法律が必要になる。法律には差異の入り込む余地はない。それが法律である。

それを無視して感情論を持ち出す。感情論を持ち出して解決が見出せるのなら問題はない。しかし、その解決策はどこまでいつても見出せない。かみ合はない平行線のままである。当然である。

https://www.youtube.com/watch?v=qWIlOeIV8w8

どこまでも感情論に拘泥するのなら、政治の分野でない他の分野でするしかない。しかしそれには努力と才能が必要だ。



他意のある制作物
制作者も最初からそれを承知してこの番組を作つてゐるから始末に悪い。ここに参加して意見を述べてゐる人たちも、出口のない感情の拘泥に困窮してゐるのが見て取れる。

この番組になんの意味があるのか。辛淑玉を意味なく大写しに映しにする。印象を焼き付け商品として売出すために?辛淑玉を大写しするカメラワークを見てゐると、今日的な観点にたつとセクハラもどきに見えてくる。見るに耐えへ難い。

https://www.youtube.com/watch?v=sm4Od9f8Rbk

また辛淑玉の感情論を補強するために都合よく挿入された映像、もちろん準備されたもの。これら映像のなんと用意周到なことか!それは司会者の田原総一朗も承知のこと、要は仲間(ぐる)の出来試合。

つまりテレビ朝日は、理窟を無視して、何が何でも辛淑玉に注目を集めたいのだと宣言してゐる。いやはや公共電波を使用して会社の意向を発表してゐるのである。

さういふ親元の朝日新聞が公共性を問題にしてMXテレビの番組を「たれ流す」と非難する。本末転倒、多くの人がさう思ふだらう。

つぎにつづく文章も意味不明、その意味不明な言葉で読む人の横つ面を張り倒し、面喰らはせ、思考を停止させる。

20170514

 当事者の動きとは別に、放送番組の質の向上をめざしてBPO内に設けられている放送倫理検証委員会も、MXテレビに報告を求めている。

施された小細工
これは事実に基づいた正確な文章なのかどうか疑問が残る。他の報道によると「のりこえねっと」の訴へに基づいて、といふことになつてゐるが、ここでは「当事者の動きとは別に」となつてゐる。

「当事者の動きとは別に」とは、どういふことなのか、なにを意味してゐるのか、理解し難い。

この文章からすると「のりこえねっと」の訴へとは関係なく、放送倫理委員会そのものが報告を求めてゐる、と読める。

空虚なコトバたち
ここで立ち止まつて考へてもらひたい。ここでなんの問題もなく当然として用ゐられてゐるこれらの言葉ーー「質の向上」「BPO」「放送倫理」ーーの実態を問ふと納得できる具体的な答へが返つてくるのか。

20170514

では、尋ねる。なにをもつて「質の向上」といふのか。

「BPO」とはいかなる組織なのか。公平な基準を持つた開かれた組織なのか。

人間として守るべき道もない、道徳もモラルもない昨今、放送の「倫理」とはなんなのか。

「日常を侵食する便利で空虚なコトバたち」、まさに『プラスチック・ワード』(藤原書店)を組立てただけでできた意味のない文章、しかしある種の人には心地よいコトバの並び、かういふ文章が人の心を揺さぶるだらうか。




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