蛮茶菴

フォト・エッセイ ごまめの歯ぎしり
<< May 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 反対しながら、すでに「共謀罪」を導入してゐる東京新聞 samedi 29 avril 2017 | main | 責任を問はれるのは朝日新聞社だ その二 dimanche 7 mai 2017 >>
# 責任を問はれるのは朝日新聞社だ その一 samedi 6 mai 2017
一月二八日の朝日新聞の社説「『偏見』番組 放送の責任わきまえよ」が掲載されてから、早くも三ヶ月が過ぎた。すでに忘れられた、遠い過去のことだと思はれがちだが、さうではない。逆に、かういふものは期間を置いて再読したほうがよい。

FacebookやTwitterの字数の決められた短文投稿をみればわかるやうに、人は関係する出来事の渦中にゐれると、つい感情的な、好悪だけの表現になりがちである。激しい感情的な好悪の表現がなにをもたらすのか、疑問だ。

一般意味論の本『思考と行動における言語』(岩波書店)を読むと、人は言葉や記号からシゲキを受けて反応し行動するものだ、さうだ。

また『イメージ Ways of seeing』(ちくま学芸文庫)によると「人間のものも見方は、その人がなにを知つてゐるか、なにを信じてゐるかによつて、変はつてくる」とも書かれてゐる。

さういふことを念頭に置いて、一月二八日の朝日新聞の社説を読んでゆく。どういふ仕掛けが施されてゐるのか、検証してみたい。冒頭はかうである。

 事実に基づかず、特定の人々への差別と偏見を生むような番組をテレビでたれ流す。あってはならないことが起きた。

20170506
   < この写真を撮る前に既視の風景がある >

この段落でまづ気になる表現がある。なぜこの表現を使ふのか疑問だ。それは「たれ流す」である。「放映した」ではいけないのか。なぜわざわざ悪い印象を与へるこの表現を選ぶのか、納得がいかない。読んで嫌な気持にさせるために、読んで悪い感情を引き起こすやうに、故意に「たれ流す」といふ表現を選んだのではないか、と疑はざるをえない。

まづ冒頭で「事実に基づかない」と断定してゐるのだから、それにつづく文章も「生むような」などと「推測」などしないで、断定して「特定の人々への差別と偏見を生む番組をたれ流す」としたらどうなのか。さらに断定が続いて「あってはならないことが起きた」と結んでゐる。

前出の『思考と行動における言語』においては、「報告」は二つの規則に従ふ必要があるとして、かう書いてある。
一つ、書かれたものは実証可能でなければならない。
二つ、可能な限り「推論」と「断定」は排除しなければならない。

このふたつは、報告とはなにかを定義してくれてゐる。そのことを踏まえてこの文章を読むと報告文になつてゐないのがよくわかる。普通報道に関はる人なら、このふたつは遵守するはずだと人は思ふ。しかしそれを見事に裏切つて、かういふ文章をたれ流す。これは報道を信じてゐる人を冒涜し、裏切り、誤つた考へに誘導する策術である。

日本の大多数の人は報道を信じ、それに基づいて、考へを巡らし、自分の考へを構築して、意見を述べてゐる。それを裏書するかのやうに『イメージ』には「人間のものも見方は、その人がなにを知つてゐるか、なにを信じてゐるかによつて、変はつてくる」と書かれてゐる。

書かれたものが実証可能な報告になつてゐなかつたら、読む人はどこに導かれるのか、想像すると恐ろしい。今日の日本の現状からすると、悲惨といふしかない。

20170506
   < ここで見た暗緑が白を際立たせてゐる >

『思考と行動における言語』において「断定」とは、書き手が述べてゐる出来事、人物事物について自分の賛成・不賛成を言い表すこと、とされてゐる。読めばわかるやうに、この段落の締め「あってはならないことが起きた」は、まさに断定そのものである。

さうしてみると、冒頭の段落は、断定、印象操作、断定となつてゐる。まづ断定で暴力を振るわれ、思考が中断されてゐる間に、印象操作され、つづいてまた断定で思考中止を余儀なくされる羽目に陥るやうになつてゐる。

つぎにつづく文章はかうである。

 ローカル局、東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)が、今月2日放送の「ニュース女子」という番組で、沖縄・高江に建設された米軍ヘリパッド問題を特集した。

一見報告文のやうである。しかしほんとうは報告ではない。なにがさうさせるのか。「米軍ヘリパッド問題を特集した」この部分が、唯一報告になりさうなのを報告でなくさせてゐる。報告するのだつたら「米軍ヘリパッド反対運動を特集した」とするべきだ。

さらにもつと読むに耐へないのは、つぎにつづく断定の文章「驚くのはその内容だ」だ。

つぎつぎと断定のパンチを繰り出し、読む人に衝撃を与へ、痺れさせ、考へる暇を与へない。これはなにを意味するか。

では、つぎに「その内容」がどういふものであるか検証してゆかう。
| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: ひと言 |
# スポンサーサイト
| - | - | 00:00 | category: - |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://ya-ban.jugem.jp/trackback/2780
トラックバック
Categories
Archives
Profile
Comments
  • いいな、と思ふその瞬間、それが写真のいのち jeudi 7 juillet 2016
    蛮茶菴 (07/09)
  • いいな、と思ふその瞬間、それが写真のいのち jeudi 7 juillet 2016
    Genkikun (07/08)
  • 卵を孵す鳩 vendredi 10 juin 2016
    蛮茶菴 (06/11)
  • 卵を孵す鳩 vendredi 10 juin 2016
    Genkikun (06/10)
  • 恩恵に感謝しながら dimanche 14 fevrier 2016
    Genkikun (02/16)
  • 夏の夜、東京湾架橋レインボーブリッジを歩く samedi 15 aout 2015
    蛮茶菴 (08/17)
  • 夏の夜、東京湾架橋レインボーブリッジを歩く samedi 15 aout 2015
    Genkikun (08/16)
  • 紅茶は受皿に移して飲むもの?? jeudi 23 juillet 2015
    蛮茶菴 (07/26)
  • 紅茶は受皿に移して飲むもの?? jeudi 23 juillet 2015
    Genkikun (07/23)
  • 續・里芋が吸ひあげてできる水滴 mercredi 17 juin 2015
    蛮茶菴 (06/19)
Trackback
Mobile
qrcode
Search this site
Sponsored Links