蛮茶菴

フォト・エッセイ ごまめの歯ぎしり
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# 思ひがけない発見 jeudi 20 décembre 2018
日本の古典といえへば,、百人一首程度しか知らない。かつて、暮れのこの時期、家から駅まで、徒歩十五分程度の道のりを、まだどのくらい、百人一首を覚えてゐるだらうかと、あ行から順に、口ずさみながら歩いたものである。
さういふことがあつて、百人一首の本、たとへば『百人一首のなぞ』シリーズともいへる何冊かの本を読んだ覚えがある。しかしどの本を読んでも「なぞ」が消えたわけではない。どの本も「なぞ」がそのまま残る本であつた。

最近偶然にも、『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』といふ本に巡り合つた。これまで読んだモノと異なり、たいへん興味深かつた。なにが興味深いか、といつて、解釈の文脈が、従来のものとは違つたところが刺戟されるところだつた。

特に三番歌、天才歌人柿本人麻呂の「あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながしく夜をひとりかも寝む」の読取り方が秀逸だつた。

なにが秀逸かといつて、従来の言葉遊び的な解釈とは異なり、天才が、詩歌を苦吟する姿を読み解いてゐて、目を見張るものがあつた。

この時平行して読んでゐた本が、なぜか井筒俊彦の『読むと書く』であつた。この本には、本の題名となつた「読むと書く」といふ短文が納められてゐる。その短い文章には、おおよそ次のやうなことが書かかれてある。

20181220
   < どこかで見た写真の跡をなぞるだけの陳腐な写真 >

ロラン・バルトは「身体」で書くといふ。書く行爲において、「身体」からじかに滲み出してくるコトバ、それだけが本物のコトバだ、といふ。無論、大多数の書き手ーーー専門家の作家でもーーーは「身体」で書かないで「頭」で書く。そんなコトバはいわゆる「紋切り型(ステレオタイプ)」であり、生命のない共同言語、真似ごととしての言語使用にすぎない。

ここは、朝日新聞などの、三流の決まりきつた理窟を並べただけの似非思考にすらならない社説、つまり絵に描いた餅を、どうだ上手だらう、と開陳して見せ、本物の餅だから喰へ!喰へ!と強要する社説を連想してもらへれば理解しやすいだらう。

「身体」で書くことのできない贋物の書き手たちの特徴は、書き手の主体性が固定化して、ほとんど実体的に意識されてゐること。つまり、書き手としての我(エゴ)が、コトバの外に存立してゐることだ。コトバから遊離して、その外に立つ我(エゴ)が、まるで道具でも使ふやうにコトバを使ふ。書く主体が確立してゐるのに対応して、書かれる客体も確立してゐる、と書いてゐる。

では、ほんとうの書き手はといふと、「書く」現象において、主体も客体も実存しない。主体の側では、既に完全な自己解体が起こつてゐて、書き手としての自己(「我」)が解体しきつたところで、深い身体的感覚が、その全エネルギーをあげてコトバをつむぎだす。ここではそつくりそのまま「コトバの脈搏」と化し、唯一の、真正な書記行爲となつてゐる、といふのだ。

まさにこの書紀行爲が、柿本人麻呂が「あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」に歌ひ込んだ心境そのものではないか、と思つた次第である。

さらに加えて、科学者の武田邦彦が、「科学の研究といふものは、真つ暗闇を歩いてゐるのと同じだ」といつたことにも通じる、さう考へてゐる。




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# 精神とは、生きるとは mercredi 25 avril 2018
四月二四日『虎ノ門ニュース』での我那覇真子さんのーー精神とは?生きるとは?ーーこの発言と発言後のスタジオを通りから窓ガラス越しに傾聴してゐる若い聴視者の自然発生した拍手。



ぜひ、精神を生かすか殺すかは、いつの時でも、生きてゐるわたしたちに関はつてくると述べてゐる箇所まで、再生ボタンを押してきいてもらひたい。




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# 秋の朝光のなかで vendredi 3 novembre 2017
けさの題名は辻邦生( 1925 - 1999 )の作品『秋の朝光のなかで』と同名になつてしまつたが、さう想はせる朝だつた。

20171103

昨夜済ませてをいた洗濯物を干しにヴェランダに出たら、道路が濡れてゐるのに気がついた。天気予報では深夜から明け方まで小雨予報になつてゐたのを思ひ出した。竿に洗濯物を干してゐたら、空の雲が目に入つた。

20171103

ゴミを捨てて帰る途中、知人の家の露を輝かせてゐる花が目に止まつた。

20171103

20171103

やがて太陽が高くなり、草花に届き、露草が光を帯びて輝きだした。

20171103

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影も生まれ、花に変化をもたらした。まさに『秋の朝光のなかで』である。朝の、つい見逃してしまふ、数分の出来事である。

20171103








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# 『日本の長い戦後』を読みながらー2 dimanche 24 septembre 2017
従軍慰安婦
おそらくこの本は、個人的な偶感などではなく、学術書として、準備して書かれたものだと推察できる。だが、それにしては、得心のいかない言葉が、断りもなく、無神経に、使用されてゐる。

二〇一四年八月五日、紙面上で従軍慰安婦の虚僞訂正記事を発表し、同年九月二七日にも、テレビで多くの人に知らせるために、会見の場を設け、朝日新聞社社長や取締役編集担当者らが慰安婦問題で虚僞を報道したと謝罪した。

二〇一四年九月二七日「しんぶん赤旗」でも、八月五日の朝日新聞の記事を検証し、それに準じて信憑性がなかつたとして、過去三回( 1992 - 1993 )にわたつて掲載した記事を取消し、謝罪するといふ記事を掲載した。

20170924
   < 焦点があつてゐないのは愛嬌として >

つまり三流なのか
しかし、『日本の長い戦後』では、さういふ状況であるにもかかはらず「従軍慰安婦」といふ単語が用ゐられてゐる。著者は日本人で、現在も生存してゐるやうだ。さらに、この本を書くにあたり日本で、高校などで聴取り調査もしてゐるやうだ。

この本の翻訳者も、朝日新聞の謝罪会見は見知つてるゐると想像できる。仕事に関はる情報なのだから当然と見做しても問題ないだらう。さういふ事実を知りながら、学術書といふものを翻訳するにあたり、虚僞として取消し訂正された「従軍慰安婦」を訳語に使用する。

この訳語について、著者と訳者で、聯絡をとり問題にしなかつたのだらうか。この本が発行されたのは二〇一七年七月十八日。謝罪会見から三年が經過してゐる。だのになぜ「従軍慰安婦」なる用語がこの本で使用されてゐるのか。

学者、翻訳者として、なにも感じないのだらうか。





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# 雄弁な語り手 mercredi 17 aout 2016
身近で連想できる夏の風物といへば、それぞれ異なるでせうが、これもその一つであることは間違ひありません。

20160817

暦のうへで立秋が過ぎると朝の光にもどこか秋の気配が忍び込んできます。

20160817

さうでありながら真昼の炎天下の光はまだまだ夏そのものを主張してやみません。

20160817

しかしその光の下でも、植物は、着実に、秋を準備してゐます。




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# 本を読む難しさ mercredi 13 juillet 2016
たかが本を読むだけのことですが、このところ、読むことが難しい、と思はれて仕方がありません。集中したつもりで本を読んでゐるのですが、その集中とは裏腹に、なにも理解せず、ただ印刷された文字の上面だけを追つかけてゐるのではないか、と自分を疑ふことがあります。

多くの読書人の例に漏れず、この能無しも、読書人を真似て、重要と思はれる箇所に、付箋紙を貼り付けたり、ときには、鉛筆で、線を引いたりして本を読みますが、さてどれだけ理解してゐるのか。自分では、密かに自負して、理解したつもりになつてゐますが、本当のところはどうなのでせう。とんでもない勘違ひや表層的な理解だけで、さらに最も重要なところに気がつかず、理解したつもりになつてゐるのではないか、といふ思ひにとらはれることがあります。

20160713

今朝の読書でも、この句ーー石も木も眼(まなこ)にひかるあつさかな(向井去来)ーーを読んで愕然とさせられました。繰り返しなん回か読んでゐる詞華集のなかの一句ですが、これまでこの句に気づかずに、やり過ごしてゐたのです。

この時期、夏の日の晴天の光景そのものをうたつたものです。夏が好きで、炎天下を長距離歩くことさへ厭はない、この自分ですが、かういふ句を気づきもしないで、見逃し、これまで、読んだつもりになつて、のんべんだらりと頁を繰つてゐたのです。

2-16-713

「すべての命あるものは唯一無二である。」この一文はワシーリー・グロスマンの『人生と運命』で読んだものです。事実を述べただけの文章ですが、この事実にも、どれだけ立ち止まり、注意を拂つたでせうか。いや、注意どころではない、この事実に気づきもせず、ただ字を追ひかけてゐただけなのが実際です。

本を読んでも、かういふ読み方しか、このボンクラはできません。さうしてあるとき、かういふ自分の散漫な読み方を知つて、愕然としてしまふのです。落ち込みます。落ち込んでどうしやうもなくなり、もう本を読むのはやめた、俺はダメだ、と極論に走ります。

2-16-713

しかし、どうしてだかわかりませんが、時が経つと、また懲りもせず本を開いてゐるこのボンクラがゐるのです。なにごとも一見簡単そうですが、しかし、当事者になつて、実際やてみると簡単なものなんて、なにもないことがわかります。読むこともさうです。それがほんとうのことなのでせう。

いまのところ、いい意味での健忘症が幸ひして読書は続けてゐます。読書で、コペルニクス的に、なにかが激変するわけではありませんが、やはり変化をもたらしてくれますし、知る喜びも、まだ、幸ひに、萎縮もしなければ、硬直化もせず、干からびもせずに健在のやうです。

ときおり、自分の能力のなさが嫌になりますが、それはそれとして、これからも、おおらかに、気楽に、読書を楽しみたいと思ひます。読書で知らなかつたことが見えてくることもあります。

補:去来の句を詠むとブログ「かめとらの奄美生活」のこちらの写真を思ひ出します。よかつたらクリックしてみてください。まさにそのものだと思ひます。





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# わが家の庭の木に巣を作つた鳩のその後 dimanche 26 juin 2016
六月十日 卵を抱く親鳩
20160626

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六月十五日 まだ卵を抱いてゐる様子
20160626

六月十七日 孵化した模様
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六月二五日 雛の目が覗いてゐる
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六月二六日 成長のスピードを感じさせる
20160626

20160626





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# 百日紅(さるすべり)をみながら mardi 24 aout 2015

田んぼの土手に咲いてゐるこの百日紅の枝ぶりが氣にいつてゐます。


20150824


久しぶりにこの土手を歩きましたが、来ない間に風景が変はつてゐるのに驚きました。かつてあつた農家がなくなつて、そこに夏草が茂つてゐました。


20150824


この農家の手前の櫻も氣にいつてゐました。農家がなくなつてわかります。農家と櫻の組合せがよかつたのだと思ひます。


20150824


もし生きてゐたら、来年の春にはそれを確かめたいと思つてゐます。


20150824


ところで氣にいりの百日紅、カメラをむけると肉眼よりも発見することがたくさんあります。


20150824


花の散り方にも氣がつきます。かうして固まつた状態で落ちるのだと、今更ながら氣づかされます。


20150824


落ちる場所によつても、まだまだ人の目を楽しませてくれます。人間もさうあれば、と思ひますが、どうなのでせうか。さうありたい願ひますが、これはなかなか難しいことだと思ひます。






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# この色に魅せられて vendredi 10 juillet 2015

七月四日昼過ぎ、移動してゐて、カーヴに差し掛かつたところで、この花の色が鮮明に目に止りました。


カーヴを過ぎ、他の車の往來もなく、道行く人もゐなかつたので、運轉してゐた車を道路脇に停め、通り過ぎた曲がり角まで、カメラをもつて、歩いて戻り、目に止つた色を冩眞に納めました。


20150710


後日、この冩眞を見ながら、その場に居合はせなかつた人が、これをみて、どのくらい印象深かつたのか、想像するだらうか、と愚にもつかないことを思つたりしました。


さういふことを思ふのは、自分の自信のなさの証かもしれない、と考へたりした日でした。





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# あなたが當時者だつたらこれらの質問にどう応へますか samedi 4 juillet 2015

ベストセラー作家百田尚樹の發言をめぐつてのジャーナリストたちの後日の質問を取りあげました。質問からなにがみえるでせうか。またこれらの質問が「あなた」にされたとしたら、「あなた」はなんと応へますか。


報道圧力:大西議員発言詳報「マスコミが第3の権力?」

毎日新聞 2015年06月30日


−−代議士の口から、広告料をなくしたほうがいいという規制をするための発言はなかったのですか。

−−与党の国会議員がそういった発言をすることによって、メディア規制につながってしまうという懸念はありませんか。

−−結果的に木原稔自民党青年局長が更迭され、大西氏を含む3人が厳重注意処分を受けた結果はどのように考えますか。

−−大西氏が勉強会で発言したことは、特段問題があったとは思わないということですか。

−−報道各社は、大西氏が「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなることが一番だ。我々政治家には言えない、まして安倍首相は言えない、文化人、民間人が経団連に働きかけてほしい」と言ったと報道している。働きかけてほしいというのは、圧力をかけるように要請しているということではないですか。

−−批判されるのは自由だと思いますが、経団連を使って圧力をかけることに言及されてるということは、言論弾圧をされようとしているのではないですか。

−−趣旨としては、朝日新聞の報道を考えたときに、あの場でははらわたが煮えくり返ってしまって、思わずああいう言い方をしてしまったが、真意ではないということですか。それとも、ああいった事例を考えたときには、そうすべきだという考えをお持ちですか。

−−意見ではなくて質問だったということですか。

−−一部のマスコミを懲らしめるためには、いまでも場合によっては経団連などに働きかけをするのはありうると考えますか。

−−質問だとは思うが、ご自身そういうやり方もあると思ったのですか。

−−どうしてあの場であえて質問したのですか。

−−方法論を考えているんなら、言論の自由を規制しようという考えがあるということではないですか。

−−懲らしめる気がないのに、なぜ広告料を引き揚げるべきだという選択肢を思いつくのですか。

−−あるのですか。

−−大西氏の名誉にもかかわるので確認したい。まず、民主主義とか一般論ではなくて、大西氏は、特定の会社名を挙げたが、そういった報道をしている社に対して、経団連を使って広告収入を絶つという方法で懲らしめるというお考えが、前提としてあったのですか、なかったのですか。

−−党の処分に対しては、メディアが曲解して書いたことで野党が強く出ていて迷惑をかけるから身を引いたと。それは発言が問題があったとは思わないということですか。


20150704

   < なぜこれらのボードはブルーのままなのですか >


百田尚樹氏が「本気でつぶれたらいい」と語る沖縄の新聞を米軍はどう思っているのか?海兵隊将校に聞いた (2015年6月29日  質問者:堀潤


Q

地元の新聞メディアは反対の意見が大勢を占めていて偏っているという声も聞きますが、どう捉えていますか?

Q

海兵隊が沖縄に駐留する一番の理由は何でしょうか。

Q

ネパールへも行きましたよね。

Q

国内の世論は、軍事的な抑止力も大きいと思います。中国や北朝鮮への対応はどの程度の役割を想定していますか?

Q

沖縄の皆さんの選択と安倍政権との方針が対立しているということについてはどう考えていますか?

Q

日本側で県外、沖縄以外に移設するという条件が整えば、県外でも任務の遂行は可能なのでしょうか?

Q

日本側で県外、沖縄以外に移設するという条件が整えば、県外でも任務の遂行は可能なのでしょうか?

Q

辺野古の反対運動をしている方々からは、綺麗な海を埋め立てて欲しくないという声が聞こえてきます。辺野古でなくてはならない理由というのは何なのでしょうか?

Q

実際に沖縄県外に移した場合、陸海空と一体運用できる範囲は本土のどの辺りまでになるのでしょうか?

Q

沖縄にアメリカ軍の基地が集中していて、本土の方でも受け入れに関する議論がされていけばよいなと思っています。米軍の基地が沖縄に集中している利点は何か?逆にリスクはどんな点にあるのか教えて下さい。

Q

総合的な計画を定めていけば、様々な選択肢を日本側で用意するのは不可能ではないということですね。

Q

日本国内では安全保障の法律を議論しているところですが、フィリピンやベトナムでは中国軍の活動が活発になっていますね。海兵隊は中国の動向をどう見ていますか?

Q

基地の中に沢山の沖縄の人たちが働いていたり、フリーマーケットを開いたりして地元との交流を続けてきましたね?どういう目的でそうした交流を続けてきたのでしょうか?

Q

何が目的ですか?

Q

戦後70年が経過してかつての敵国同士が友好関係を築いた稀有な存在。日本はアメリカによって守られてきたと思うが、ご自身は日本に対してどのような使命感で任務に当たっていますか?

Q

アメリカ軍は日本を守るためにいるわけではない、日本を守ってくれないという意見を言う人もいますが実際にはどうなのでしょうか?

Q

「おもいやり予算」によって米軍の施設が維持されています。これからも必要でしょうか?

Q

基地の問題をめぐっては沖縄県内からは反発の声もあがっていますがどう対応していきますか?

Q

地元の新聞メディアは反対の意見が大勢を占めていて偏っているという声も聞きますがどう捉えていますか?

Q

日本はリスクを開示することを恐れてリスクの開示を控える傾向が強いと思っています。原発の情報などもパニックを恐れて抑制されました。リスク開示についてはどのような考えをお持ちでしょうか?

Q

基地があることで攻撃の対象になるとか、先日ハワイで墜落事故を起こしたオスプレイの情報など、日本側は説明を十分にしているとは言えないという批判があります。海兵隊が考える、沖縄に駐留することのリスクとはどのようなものを想定していますか?

Q

基地があることにより攻撃対象になりやすいということについてはどう考えていますか?

Q

海兵隊としては日本で沖縄と政府の対立が起きていることについてどのような解決策を望むのか双方へのリクエストを教えてください。

Q

辺野古は唯一の解決策だという政府の考え方については同意しますか?







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