蛮茶菴

フォト・エッセイ ごまめの歯ぎしり
<< September 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
# 本日閉店しました。池袋 LIBRO 書店 mardi 21 juillet 2015

ネットで情報を仕入れたパートナーの提案で、野口勲が販売する野菜の種を購入しようと昨日ジュンク堂本店まで出かけました。いまなにかと遺伝子組換へが問題になつてゐますが、野口勳の本に目を通すと、遺伝子組換へよりも以前に、種には、F1といふ別の問題がある様子がうかがへます。


池袋本店のジュンク堂にゆくには、西武デパートを横切つてゆきます。リブロのまえを通過するのですが、ジュンク堂ができてからは、リブロが接する通路は通過するだけになつた観があり、リブロには立ち寄ることはなくなりました。かつて西口にあつた芳林堂も同様の道を辿つた観があります。


20150721


昨日も同様でした。ジュンク堂で用を済まし、ヒヤカシで入つた西武の無印良品の店、そこで古書展があるのを知り、そちらに足を運びました。本漁りをしてゐて、たまたま耳にした館内放送で LIBRO の閉店を知りました。


けふがその LIBRO の閉店日です。紙の本の終焉かと、かつてな思ひ込みを描いて、昼食に寄つた LIBRO 前の軽食店の店員に、 ここにつぎはなにが入るのか、と訊いたら、すでに情報があるらしく、三省堂が、といふ返事でした。


20150721


といふことは、なにも大げさに「紙の本の終焉」を迎へるわけではなかつたようで、かつてな思ひ込みに、内心赤面しました。リブロの店の入口を覗きましたが、新刊本の派手な装飾に、尻込みしさうになり、その時点で、すでに、異次元に迷ひ込んだ感じを受けました。


本も商品ですから賣れなければなりません。しかし、さうだからといつて人目を引くことを至上にすると、と考へます。


20150721


自分の読みたい本はなかなか電子本になりません。大抵は紙の本として出版され、版を重ねる訳でもなく、それで終はりといふものが多いやうです。


一概に版を重ねない、賣れないから駄本といふわけではありません。賣れない、讀まれなくても、いい本はあります。また本の嗜好はあくまでも個人によつて左右されます。だから多くの人に讀まれる本がいいとは限りません。


20150721


しかし、電車の車中で、携帯電話を覗きこんでゐる人たちを見ても、どう考へても讀書をしてゐる氣配はありません。眼の動きや、指の動きからして、ソフトで遊んでゐるのだらうと思へます。電子本を讀んでゐる人は皆無と断言してもまんざら嘘にはならないでせう。讀書人の以前にもます減少が書店閉店の要因になつてゐるのだと考へられないでせうか。


しかし、それにしても、日々出版される新刊書の多いこと、驚いてしまひます。どの本の帯の殺し文句も、手を替へ品を替へて、讀め!讀め!といふ命令の連呼です。その一方で閉店といふ避けられない現實があるのも事實です。







| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: 本のこと |
# 筆舌に尽くしがたいアリステア・マクラウドの作品 lundi 6 juillet 2015

書評なんて

新潮社のクレスト・ブックスは、表紙カヴァーの裏面に書評を掲載する形をとつてゐます。普段はこの書評は無視することにしてゐます。


なぜさうするのかといへば、作品を讀まずして書評を讀むでしまつたら、既讀者の観點から、作品をなぞることになるのでは、といふ危惧をもつからです。


せつかく本を讀むのだから、拙くても自分の視點を活かして讀みたい、と普段から心掛けてゐます。さう心掛けても、獨自な讀み方はなかなかできません。


アリステア・マクラウドの作品を讀むでゐて、数回目の讀書のとき、クレスト・ブックスに掲載されてゐる書評を讀むでみる氣になり、覗いてみました。


20150706


優れた書評は

そこで、さすがと思つたのがマイケル・オンダ−チェの書評ーーマクラウドは、われわれの時代におけるきわめて偉大な知られざる作家の一人である。……彼の物語は、フォークナーやチェーホフの作品のように、地方的かつ普遍的だ。そして、同時に永遠のものであると私は思うーーです。


たしかにマクラウドは「偉大な知られざる作家の一人」であり、マクラウドの作品は「地方的かつ普遍的」でもあり、「同時に永遠のものである」と自分にも思はれます。


マクラウドの作品を讀むでゐて、恥ずかしくなる時があります。もし仮に、自分がこの手の作品を書いたとしたら、結末は安価でありきたりな道徳訓で終つてしまふだらう、と思ふのです。なぜさうなるかといへば、それほど自分が凡庸で、無能で、詰まらない人間だからです。


20150706

   < マクラウドの作品をイメージすると >


マクラウドの作品は

マクラウドの作品は、「地方的かつ普遍的」、「同時に永遠のもの」で終ります。けふ讀むだ『秋に In the Fall』にも、これらの要素が確實に存在します。もう用なしになる老馬をめぐつての短篇に過ぎないのですが、登場人物のひとり一人が確實に描かれ、十全に生きてゐるのです。


父親、母親、語り手、語り手の弟、老馬、馬買ひの男、これらひとり一人が、だれかの補助に描かれるのではなく、ひとり一人が、マチスのいふ百パ−セントの存在感をもつて、描かれるのです。


語り手だけでなく、登場人物のだれもが、各人の転換を餘儀なくされる物語をもつてゐるのです。描写がそれらを餘すところなく語ります。


マクラウドの作品を讀むと、思想といふものは、安易な屁理窟にしか過ぎないのではないか、といふ思ひに捕はれてしまひます。それほどマクラウドは生きることを慈しんでゐるやうです。彼の本を讀むでゐて、さう感じます。







| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: 本のこと |
# 本を讀むと samedi 6 juin 2015

触れると

本を讀むと、どこかに氣づかされる文章があり、それを發見し、考へる契機になります。考へる契機になるのは、はじめて教へられる事柄とは限りません。久しく忘れてゐたことを思ひ出させ、さうして、もう一度、改めて、氣づかせ、意識させる場合もあります。


先日アリステア・マクラウドの短篇集『灰色の輝ける贈り物』のなかの「広大な闇」を讀むでゐて、つぎのやうな文章に出会ひました。この出会ひは、まさに、久しく忘れかけてゐたことです。なにも、個人的で、特別なことではありません。だれにでもいへる事柄です。しかし、だれもが忘れてゐることです。つぎに引用するのがその文章です。


20150606

   < けふ目にしたもの 朝の白い満月 >


俺は今、物事をあまりにも単純化して考えることの危険性に気づいて茫然としている。この燃えるように暑かった長い一日だけでなく、まだ短い一生を通してずっとその罪を犯してきたと気づいたのだ。そして今になってはじめてぼんやりと理解しはじめたのは、自分が二重の意味で単純化のとりこになっていたということだ。俺は「出ていく」とは物理的なことに過ぎないと思っていた。それは単に、場所を移ること、馬鹿みたいにぺらぺらと口をついて出た「ヴァンクーヴァー」といった場所の名前、あるいは、海を渡ったり州境を越えたりすることだと思っていた。そして、おまえは「自由だ」と父に言われたとき、愚かにもほんとうにそうだと思いこんだ。なんのためらいもなく。そして今、まわりにいた年配者たちは、自分が思っていたより複雑なのかもしれないという気がしている。


20150606

   < けふ目にしたもの 日差しを宿した花 >


落し穴

単純化することの危険性、つまり細部を切捨てて、簡単にまとめた結果、わかつたつもりになつてゐる、われら。


日本では『幸福論』で知られるフランスの哲学者アラン、このアランは要約やダイジェストすることに警告を發します。要約は、単純化とおなじで、わかりやすさのために、細部を切捨てます。


わざわざアランを引きだす必要などありません。われらの一生だつて、単純化すれば、つまり、要約すれば、生まれて、生きて、死ぬだけとなります。単純化したり要約することは共通因数で括つたのとおなじ見方です。


20150606

   < けふ目にしたもの メダカの子供 >


だれもがみな特別

でも細部をみると、だれもが特別な生き方をしてゐます。その特別を知れば知るほど、単純化はできなくなります。でも現實は、忙しい、暇がない、所詮みなおなじ、などといつて、ひと言で済ませてしまふのがわれわれです。


それを少しでも回避する努力を拂ふ。そのために本を讀む。それが一番効果がありさうです。だから本を讀みませう。本は何倍にも自分を豊かに育ててくれさうです。だから本を讀みませう。自分を豊かにするために本を讀みませう。人は何歳になつても豊かな氣持がもてる生き物です。だから本を讀みませう。




| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: 本のこと |
# 本を讀みませう vendredi 5 juin 2015

まずは讀みませう

本を讀みませう。電子本でも、紙の本でも、媒体は問ひません。ただ本を讀みませう。まるでボドレエルの散文詩『酔ひ給へ』の冒頭のやうな出だしではじまります。


最初からいい本に出会ふはずはありません。いい本とは自分にとつてのいい本です。さういふ本に出会ふために本を讀みませう。


まず手当り次第に本を讀みませう。自由に話せるからといつて、自由に本が讀めるとは限りません。


まずはたくさん

須賀敦子( 1929 - 1998 )に『塩一トンの讀書』といふ著書がありますが、まさに題名通りの量の讀書をとおして、本を讀めるやうになつたり、いい本に出会へるやうになつたりします。


20150605


本を讀みはじめると、自分の母語でも、話す言葉と讀む言葉の間に、隔たりがあるのがわかつてきます。話す言葉とおなじやうに抵抗なく讀める本もありますが、その反対に讀むのに難しい本もあります。


惑はされない

簡単に讀めるからつまらない本とは限りません。またその逆で、難しくて讀めないから高尚な本だとも限りません。


簡単な言葉で難しいことを表現することもできれば、難しい言葉で簡単な事を表現することもできます。どちらの表現によつても、過不足なく的確に表現されてゐなければ話になりません。


まずは感じられる本を

さらに大切なことは、本を讀むで感じられるものがあるかどうかだと思ひます。なにかを感じられる場合もあれば、なにも感じられない場合もあります。


もし感じられるものがあれば、それを大切にして、それを更に具体的にしてゆく讀書をつづければいいのです。


20150605


おなじ著者の本を

さういふことが念頭にあれば、つぎに讀む本は自然に決まつてきます。感じられた本の著者の別の本を讀むことです。かういふ讀み方を實践すると、自己流讀書を矯正する役割も果たしてくれます。


おなじ書き手の本を数冊讀むでゆくと、自分の理解の程度が、どのくらいのものか、自ずから、わかつてきます。少なくとも、この讀み方は、逸脱した理解を防ぐ役割を果たしてくれます。つまり抑止的讀書となつてくれます。






| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: 本のこと |
# 渡辺惣樹の仕事 dimanche 24 mai 2015

以下は渡辺惣樹の著述に関する仕事の結果です。


一本の線が、あらかじめ決められて存在したかのやうな仕事ぶりです。年々、これまで多くの人が知りえなかつた核心部を明示するかのやうな渡辺惣樹の仕事ぶりです。この充實ぶりからすると、今年はもう一二冊上梓しても不思議ではありません。つぎはどういふ内容のものなのだらう、と期待が膨らみだします。


二〇一五年 五月十四日   コールダー・ウォー(翻譯)

二〇一五年 三月十九日   ルーズベルトの死の秘密(翻譯)


二〇一四年 十二月六日   朝鮮開国と日清戦争 

二〇一四年 九月十一日   ルーズベルトの開戦責任(翻譯)


二〇一三年 十一月二一日  アメリカはいかにして日本を追い詰めたか

             (翻譯)

二〇一三年 六月二九日   日米衝突の萌芽 1898−1918


二〇一二年 七月三一日   日米開戦の人種的側面アメリカの反省1944

             (翻譯) 

二〇一二年 二月十一日   TPP 知財戦争の始まり


二〇一一年 十月二二日   日米衝突の根源 1858−1908


二〇一〇年 九月二三日   日本1852(翻譯)


二〇〇九年 十一月二五日  日本開国(翻譯)   (すべて草思社刊)


20150524

   < 紡ぎだす道具 >  


これらの本を讀むと、日本人の知らない意図を隠しもつたアメリカの姿が見えて來ます。政治の世界だから仕方がないのでせうが、それにしても、アメリカ礼讃一點張りのわれら日本人の幼稚さにも驚愕してしまひます。


こちらも人間なら、先方も人間、ともに下世話なところも併せもつてゐます。その下世話を知り尽くしての称讃であり、讃美であり、礼讃であるなら結構なのですが、さうではなく、贔屓の引き倒し、アバタもエクボの盲目状態では、とても正常(まとも)とはいへません。


われら日本人がマトモでないのは、これまでの意図的な演出を盲信させられてきた結果です。その状態を脱けだす唯一の方法は、正しく知ること、渡辺惣樹の仕事はさういふことを知り得る確信の持てる手がかりになります。







| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: 本のこと |
# 『書斎のポ・ト・フ』に導かれて mardi 20 janvier 2015

オススメ

『書斎のポ・ト・フ』でお薦めだといふので、篠沢秀夫の『フランス文学講義』を讀みました。讀むと、篠沢秀夫いはく、フランス人を識るにはアレキサンドル・デュマの『ダルタニャン物語』を讀まなくてはとあります。


それではと『ダルタニャン物語』を讀むことにしました。翻譯で十一巻あるので最初は躊躇しましたが讀みはじめるとこれが無類におもしろいのです。文庫で『三銃士』とでてゐますが、あれは、あそこまでの話を一区切りとしてゐるのではないかと思つたりしてゐます。後日本屋に行つたおりに確認しようと思つてゐます。


世の中にはいろいろな愉しみがありますが、讀む愉しみはこれまた格別ではないかと考へます。本を讀むでたのしくなる。この愉しみはとても言葉で表現できるものではありませむ。


20150120


ヒーローの相違

ところで日本のこの類の本には、あり得ないやうなスーパー・ヒーロが登場するのが常ですが、『ダルタニャン物語』に出て來るヒーローは四人四様で人間として限界をもつたのがいいです。現実的なカネの話が頻出するものいいです。かういふ場面をとおしてあちらの子供はカネのことを學ぶのではないでせうか。日本とは大違いです。


ひよつとすると人物像の作り方がそれぞれの國の人の考へ方にも影響するのではないでせうか。たとへば日本人はなにごともひとりで完璧にやらうとする傾向があるのではないでせうか。それに比べ完璧主義はフランス人はさほどでは、と考へたりします。


20150120


前文を讀むだら

奸計渦巻く物語を讀みながら、これだけものごとの表裏をしるのだから、もしフランス人に日本國憲法の前文を讀ませればどのやうな返答が返つてくるだらうかといふ氣持になります。ひよつとすると辛辣な返事が返つてくるのではないでせうか。


日本國憲法の前文には、現実的にはあり得ない文言があります。それでも書かれた文言を眞實として眞正面から受け止めてゐる日本人を、かれらフランス人はどうみるのでせうか。さういふ面ではわれら日本人は幼稚で餘りにも稚拙だといはれても仕方ありませむ。


あり得ないヒーロー観は、理想は善、現実は悪、さういふものの見方をするやうに日本人を育て上げたのかもしれませむ。だから日本人はいつまでたつてもビジネスライクが身につかないのではないでせうか。





| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: 本のこと |
# 中韓がわかる本『朝鮮開国と日清戦争』 vendredi 16 janvier 2015

日本の近代を理解するために

昨年暮れに渡辺惣樹の本が二冊でました。一冊は翻譯で『ルーズベルトの開戦責任』、もう一冊は著作『朝鮮開国と日清戦争』、ともに草思社から上梓されてゐます。


20150116


どちらの本も日本近代をしるための必讀の書だと思ひます。本來なら國の責任で、日本の近代を教へなければならないのですが、いまだにアメリカのトラウマから抜け出せずにゐて、もつとも重要な日本の近代を直視できない状態が續いてゐるやうです。


20150116


さういふ状況下でありながら、それでも従來とは違ふ観点から、渡辺惣樹は日本の近代に照明をあて、そこから日本の近代の姿を浮かびあがらせようと努めてゐます。


疑問消失ーー誇りある半世紀

渡辺惣樹の今回の著作『朝鮮開国と日清戦争』は、『日米衝突の根源』で疑問だつた箇所をすべて明らかにしてくれてゐます。まず本を開いて最初に感じた疑問ーー幕末から明治維新、そして日露戦争の勝利。この間およそ五十年。私たち日本人に勇気と自信を与える誇りある半世紀です。この時代があるからこそ、私たちはいまでも民族の誇りを維持できていると言っても過言ではないでしょう。この疑問が『朝鮮開国と日清戦争』を讀むと跡形もなく消失します。


疑問消失ーー南北戦争

アメリカの南北戦争も『日米衝突の根源』では素描でしたが、『朝鮮開国と日清戦争』で詳細に描かれてゐます。この箇所を讀みながら、体裁よく要約されると如何に本質が喪はれるかを身を以て知りました。また同時にしたたかでなければならないことも知りました。


20150116

   < 文字を資料などに置換へると >


疑問消失ーー自由貿易、慰安婦問題

自由貿易も『日米衝突の根源』では素描で終つてゐましたが、『朝鮮開国と日清戦争』になると微に入り細を穿つ如く詳細に説明されてゐます。さうでありながら、朝鮮のことも、もちろん詳しく書いてあります。この本を讀むと韓國がいま問題にしてゐる慰安婦問題も自然に理解できてきます。なぜなのか、その姿が自然に浮かびあがつてきます。






| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: 本のこと |
# 冩眞をみて氣に入つたら jeudi 1er janvier 2015

渡辺有子といふ人が著した冩眞集のやうなレシピ本『春夏秋冬、ストウブの料理』といふ本があります。冩眞があつて、作り方を書いた一般的なレシピ本と異なり工夫が凝らされてゐます。


20150101


ストウブときくと暖房器具を聯想しますが、こちらのストウブは暖房器具ではなくフランスで作られる鍋のことです。鍋ときくと、つい寒い季節の料理と思ひがちですが、題名で春夏秋冬とうたつてあるやうに、このレシピ本を手にすると、四季をとおして使へる鍋だとわかります。


20150101


この本はまずは見て楽しんでくださいといはんばかりに、料理冩眞の頁が續きます。それが終るとやつと本命の作り方がでてきます。冩眞の頁と作り方の頁でひとまとまりとなり、それでそれぞれの季節の料理を構成してゐます。


20150101


だからまず冩眞をみて、氣に入つて、作りたいなと思つたら、作り方を書いてある頁をみればよいのです。さうでなければ、冩眞集だと思つて、掲載されてゐる冩眞を楽しむといふ楽しみ方もあります。


20150101


冩眞集といふと触ると冷たい澄ました感触の頁を聯想しますが、この本はさうではなく、さわると暖かみが伝はるやうな紙を使用してゐます。カヴァーもソフトカヴァーで惜しげもなく使へます。


20150101


ストウブ料理はなによりも素材の大切にし、素材の味をひきだしします。それに餘分な水を使はず、また火を使ふ時間も短時間です。出來あがつた料理を鍋のなかで蒸らす時間を利用して、別の料理がすすめられるのも魅力的です。


20150101


ストウブを使ふと普段作れない料理が作れます。もちろん普段の料理もつくれますが、それさへも、ひと味違つて出來あがります。これはストウブの鍋の力です。お粥ひとつをつくるにもストウブの威力が發揮されます。おせち料理に厭きたら、ひとついかがですか。







| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: 本のこと |
# 「グローバル経済の誕生」讀了 samedi 29 novembre 2014

数独で遊むでゐたら広告のスペースに「グローバル経済の誕生」の表紙が表示されました。タイトルをみて興味が沸いたので、書店に出かけ、手にし、目次を一瞥して、購入しました。最初に、本棚から本を取出し、本を手にしたとき、この厚さでいいのかな、といふ不安が過りましたが購入しました。


20141129


この手の本にしては、この本は薄いのではないかといふことです。本來ならもつと厚くてもいいのではないか。讀了したいま、予感は的中したと思つてゐます。つまりこの本は概論書です。詳論は各自がそれぞれ本を探して讀む必要があるでせう。さうすればもつと具体的にイメージを伴ふことになり、この書に書かれてことが詳細に見えてくるでせう。


なにごともさうでせうが、いま流通してゐるすべてのモノが、いまあるやうに最初からあつたわけではないことをこの本は教へてくれます。同時に、不変に思へるいま現在の時も変化のなかの一瞬であることを意識させてくれます。


20141129


ところで、何人かの人が、この本を讀み、讀後感をブログに書いてゐます。二三それらを讀みました。讀むで感じたことは、まさに人さまざまだといふことです。これはブログに書かれたことが正しい、正しくないといふ問題ではありません。人の関心の向かふところが異なるといふことです。


さういふ意味で、人の書いたものを讀むで理解、納得したつもりになるよりも、自分で讀むでみると、自分だけの理解が生まれてくるでせう。関わりを持つた出來事の事實がひとつでないやうに、本の理解もひとつではありません。多様こそがほんとうの姿です。


20141129


ひとりひとりが直接的な関はりを結ぶことが、考へることの最初の一歩ではないでせうか。


この本のカヴァー冩眞はサルガドの「 WORKERS 」の一枚です。酷い労働環境から、これは遠い昔のものと想像しがちですが、さうではありません。冩眞左下の労働者の履く靴に注目してください。三本線が見えます。だれもが知るメイカーです。それに泥で汚れたソックスもです。


20141129


日本にかういふ光景がないから関係ないと考へるかもしれませんが、さう単純に考へられるでせうか。それほど単純な問題ではないと考へます。


現に日本人の有権者はいま総選挙の撰擇のまへに立たされてゐます。個人的には撰擇肢のない選挙です。さうだからといつて、棄権はできません。しかし撰擇しなければならないのです。妥協しなければ、撰擇も、投票もあり得ないのですから、憂鬱です。





加油!

Hongkongers, you are not alone


I am on your side!






| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: 本のこと |
# 『翻訳問答』 といふ本 samedi 11 octobre 2014

「禪問答」ではなく『翻訳問答』


「禪問答」ならぬ『翻訳問答』(左右社)といふ本があります。問答といふのですから問ふ人と答へる人のふたりが登場します。そのふたりとは、片岡義男と鴻巣友季子の両人です。



約束事


問答を開始するにあたり、二人の間につぎのやうな四つの取り決めが交はされてゐます。

一 二人があげた課題小説のなかから編集部が次回の課題と締切を提示する。

一 二人には訳す範囲のコピーしか与えられない。

一 対談当日まで既訳を参照してはならない。

一 おたがいの訳文は対談当日まで見ることは出来ない。


問答は七回実施されてゐますので、七作品が選ばれてゐます。七作品のうちの一作品「冷血」だけ、例外として、片岡義男がひとりで譯してゐますが、残りの作品はたがひに譯をもちよつて問答を交はしてゐます。


20141011



競ひ合ふ醍醐味


問答時間がどれだけだつたのかわかりませんが、この問答は、バンド演奏の間奏の競演にも似たところがありました。しかし、それにしても、翻譯に関しての丁々発止の興味深い問答集になつてゐます。



國内仕様の日本語とは


問答の記録を讀むでゐて、片岡義男が考案した言葉ーー「国内仕様の日本語」ーーに出会ひました。前文で四文字熟語の「丁々発止」を使用しましたが、それなどが「国内仕様の日本語」そのものです。またつぎに續く「興味深い」も國内仕様の日本語になるでせう。


片岡義男その人によつて考案された、「国内仕様の日本語」ですが、この言葉が考案されるまでに、三冊の本ーー『日本語で言うとはこういうこと』『英語で日本語を考へる』『英語で日本語を考へる 単語篇』ーーがあつたと考へられます。



濫立する仕様


ところで、この言葉に着目すると、翻譯に限らず、さまざまなものが見えてきます。たとへば、一時期女子高生などが使ふ言葉、つまり「女子高生仕様の日本語」がメディアでもてはやされた時期がありました。また、さういふ言葉を、思惑があつてでせうが、辞典に取り入れる出版社もありました。


あのときは落胆したものです。しかし當時、なぜ落胆するのかわかりませんでした。あのとき「・・・仕様の日本語」といふ言葉にであつてゐたら、不信に陥らずに済むだのにと思ひます。


20141011


この國会でも女性議員にむかつて「懇ろ」といふセクハラ野次が飛むださうです。野次を飛ばした男性議員は、あれは「九州仕様の日本語」だと弁明し、「九州仕様の日本語」を問題視すること自体が、逆に憤りを覚えると言つてゐましたが、どうなのでせう。


いまはネット社会ですから、以前のやうにメディアの力を利用すれば通るといふものではありません。それに「九州仕様の日本語」か否かは、ネットを覗けばすぐわかります。それにしても、如何に國会議員が勉強家揃ひであつても「九州仕様の日本語」です、といふだけで、訊くみんなを納得させられるのでせうか。答は、つぎの選挙まで待つことにしませう。



「折紙付の推薦」を英語にすれば


「・・・仕様の日本語」はあくまでもひとつの例に過ぎません。それ以外にも翻譯を通して見えてくるものが満載されてゐる『問答集』です。ただ両人の翻譯を讀み比べるだけでも、一讀の価値はあります。翻譯家は二つの言語にどれほど精通してゐなければならないかも見えてきますし、これまで自明だとして見過ごしてきた日本語のもうひとつの側面も見えてきます。


『翻訳問答』といふ本は、寶物を掘りあてるやうな刺戟に満ちた考へさせられる『問答集』です。ぜひ一度、手に取り、讀まれることをお薦めします。






加油!

Hongkongers, you are not alone

| comments(0) | trackbacks(0) | 00:00 | category: 本のこと |
Categories
Archives
Profile
Comments
  • 野党が萬年野党なのには理由がある mardi 12 septembre 2017
    蛮茶菴 (09/18)
  • 野党が萬年野党なのには理由がある mardi 12 septembre 2017
    きんつば (09/15)
  • 野党が萬年野党なのには理由がある mardi 12 septembre 2017
    蛮茶菴 (09/14)
  • 野党が萬年野党なのには理由がある mardi 12 septembre 2017
    kinen (09/12)
  • 八月になると思ひ出す本 jeudi 24 août 2017
    蛮茶菴 (08/25)
  • 八月になると思ひ出す本 jeudi 24 août 2017
    きんつば (08/25)
  • 報道する自由 報道しない自由 vendredi 18 août 2017
    蛮茶菴 (08/21)
  • 報道する自由 報道しない自由 vendredi 18 août 2017
    きんつば (08/20)
  • 膨大な税金を閉会中審議の茶番劇に vendredi 4 août 2017
    蛮茶菴 (08/14)
  • 膨大な税金を閉会中審議の茶番劇に vendredi 4 août 2017
    うめ (08/12)
Trackback
Mobile
qrcode
Search this site
Sponsored Links