蛮茶菴

フォト・エッセイ ごまめの歯ぎしり
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# 『日本の長い戦後』を読みながら−1 lundi 18 septembre 2017
検索の日常化
一字一字、活字を拾つて本を作ってゐた時代と、DTPといつてコンピュータを使つて本を作るやうになつた現在で、本の様相は様変はりした。

なにが変化したかといへば、活字などの物理的なものはさておいて、本の末尾に索引が設けられ、検索が容易になつたことである。いまやパソコンを立ち上げれば、だれでも検索する。検索は日常で、検索をしない日はない。検索と空気はおなじくらい日常的になつた。それほど検索は日常に溶け込んでゐる。

では、それ以前の検索はといへば、国語や英語の辞書を引くこと、はたまた百科事典を調べることくらいで、検索行爲は非日常的、特殊、特異、限定的な行爲であつた。

日本語や英語の言語辞書の類は直接その言葉を検索すことができたが、百科事典では言語辞書のやうな方法では、目的を適へることができなかつた。言語辞書と百科事典では分類方法が異なつてゐたからである。だから、そのためにわざわざ百科事典の検索の仕方を指南した本が、別に販売されてゐた。

まして検索を駆使するやうなことは多くの人にとつてはあり得なかつた。さういふ事情も手伝つて、その昔は索引が設けられた本は、それだけで価値があるとみなされてゐた。しかし、いまはといへば、コンピュータの検索ソフトを使用すれば、わずかな労力で、簡単に、しかも百パーセントの精度をもつて索引を作ることができるやうになつた。


20170918
   < 付箋紙。これも一種の検索のため >

索引、検索にはさういふ変遷があるのを心に留めておく必要もある。だから、その昔は、作品の言葉の使用頻度を調査するのも研究の一部であり、研究に携はる人たちの人力ーー根気、忍耐、集中力ーーに委ねられ、さらにそのうへ膨大な時間を要した。だから、かういふ調査が研究者の業績にもなつたのである。しかし止まれ、それも今は昔である。

検索の可能性
検索で見逃してはならないのは、アマゾンの検索機能である。アマゾンは日本を市場にし、日本から利益を上げてゐるが、日本への納税はゼロだといふ企業である。その他にもアマゾンには多くの問題を抱へてゐる。しかし、それは別問題にして、それ以上にアマゾンの検索機能、精度は、他の検索エンジンの追付いを許さないものがある。この検索機能の充実がアマゾンをアマゾンならしめてゐる。

ところでだれにとつても索引行爲が日常的になつた今日、本を購入するときなども、目次をみて拾ひ読みするだけでなく、本に附された索引に眼を通し、引用回数の多い用語に着目することで、以前にも増して、本の内容をより詳細に窺ふことができるやうになつた。

また作品に使用される用語を知ることで、どの部分が論じられ、どの部分が論じられてゐないかを知ることもできる。それは読む人にとつて、貴重な情報になる。論じられる論点や歴史的文脈を予め伺ふことは、読む本の理解を助けるだけでなく、理解を深める一助にもなる。また、これらは多層、多様なものの見方、立体的な見方を意識させてくれる。





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# 野党が萬年野党なのには理由がある mardi 12 septembre 2017


あげ足とり
自民党総務会長の竹下亘ーーこの人も二世議員か族議員か知らないが、政治を家業にして政治家が固定するのは問題だと考へるーーが「島根に落ちても何の意味もない」と発言した言葉尻をとらへて、暴言が許せないと共産党の副委員長が非難してゐる。

発言の真意は、子供でもわかること。それを恥ずかしげもなく党の二番手が難癖をとつける。挙句落しどころはどこかといへば「地域」とくる、考へた痕跡すらない結論。愚かとしか言ひやうがない。

20170912
   < 青天の霹靂 >

ポーズだけ
見せかけの怒りの記事は「しんぶん赤旗」(九月六日)に以下のやうに掲載されてゐる。

北朝鮮によるミサイル発射予告をめぐり「島根に落ちても何の意味もない」と発言したことについて、「国民の命を守ることを真剣に考えているのかと疑問を持たざるをえない暴言だ。自分の選挙区の住民の命をまともに顧みない発言であり、到底理解できるものではない」と厳しく批判。

自民党には、地方を無視し、切り捨てる思想が脈々と受け継がれているのではないか、とも。


20170912
   < いつか国民の怒りが爆発する >

税金泥棒の政治屋たち
愚にもつかないことで、非難、難癖をつける暇があるのだつたら、国民一人一人の生命のために一刻も早く核シェルターを作くれよ。どの党に限らず、国民の生命を守る、それが国民から選ばれた政治家がすることだ。

つねに野党に安住して政治で遊んでゐる政治屋たち。だから、建設的な反対意見も述べられない。碌でなしの穀潰しそのもの、愚の極まりの政治屋連中よ。







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# 日本の核シェルター mardi 5 septembre 2017


現実とは
窮鼠猫を噛む。その窮鼠にだれが鈴をつけるか、と騒いでゐる。

人間は凡庸で、現実を直視できず、自分の好きなやうに切り取つて、これが現実だと主張してゐる。

証拠は山ほどある。まず、日本国憲法の前文。この前文通りなら、世界は平和そのもののはずである。しかし、現実はさうでない。

自助努力もせず、アメリカの核の傘下にゐるのを承知しながら、日本は七二年間平和憲法のおかげで平和であつたと言ひ募る平和愛好家たち。

20170905
   < 人間が存在する。だから意味が生まれる >

いまこそ試されるとき
話合ひこそがと言ひ続けてきた人たち。いまこそ話し合ふために行動を起こすときだ。これまでの主張をいよいよ実際の行動に移せる時だ。ぜひとも、お手並み拝見とゆきたい。

核シェルターが語る超・現実主義者のスイスとそこに住む人たち。さうしてその対極にある日本をはじめとしたアジアの人々の現実感覚。

「人の命は地球よりも重い」といつた爲政者がゐた。しかし、さう言ひながら、日本の核シェルターはほぼゼロといふ現実。寓話の世界そのままである。

ところで一人の国会議員が七日から訪朝の予定ださうだ。この時期、この議員を現政府がどう使ひ熟せるか。見ものである。








| comments(0) | trackbacks(0) | 09:38 | category: ひと言 |
# いまも昔も性根は不変 dimanche 3 septembre 2017


カネにならないから
現金なもので九月になればこの話題は流行遅れなものになつてしまふ。なにがといつて戦争もののことである。八月十五日に合はせて、毎年、これでもか、これでもかと懺悔や告白もどきの番組がつくられる。学ばないことを幸いとばかりに、懺悔ものが果てしなく作られる。

しかし、八月の十五日が過ぎれば、といへばどこのメディアもあつさりと知らぬ顔を決め込む。なぜかうなるのか。金儲けにならないからだ。浅はかといへば、どうしやうもなく浅はかである。日本のメディアが、毎年毎年性懲りもなく、日本人に、無責任にも、罪悪意識を擦り込んでゐるのである。

執念深く
こちらは、しつこいから、九月になつても、気にかかる戦争ものを調べてゐる。いま読んでゐるのは『真実の「わだつみ」学徒兵 木村久夫の二通の遺書』である。この二通は、一通は残るものとして紙に書かれたもの、もう一通は死の直前まで繰り返し読んだ本の余白に書き込まれたものである。

本に書き込まれたものも『きけわだつみこえ』に編集され、加えられた。しかし削除された文章もあつた。その文章は単語ひとつを入替へれば、いまも通用する真実の文章ばかりである。そのいくつかを上げて置く。再考の契機になれば幸ひである。

20170903

性根は不変
日本の軍人、ことに陸軍の軍人は、私たちの予測してゐた通り、やはり国を滅ぼしたやつであり、すべての虚飾を取り去れば、我欲そのもののほかは何ものでもなかつた。

労働者、出征家族の家には何も食物はなくても、何々隊長と言はれるやうなお家には肉でも、魚でも、菓子でも、いくらでもあつたのである。以下は語るまい、涙が出てくるばかりである。
天皇崇拝の熱の最もあつかつたのは軍人さんださうである。「天皇の命」と彼らの言ふのは「軍閥」の命と言ふのと実質的には何ら変はらなかつたのである。ただ命に従はざる者を罰する時にのみ、天皇の権力といふものが用ゐられたのである。

精神的であり、また、たるべきと高唱してきた人々のいかにその人格の賎しきことを、我、日本のために暗涙禁ず能はず。



単語さへ入替へれば、いま現在も、そのまま通じる文言ばかりである。





| comments(0) | trackbacks(0) | 21:12 | category: ひと言 |
# 胡散臭い編集とさうでない編集 mercredi 30 août 2017


渡辺一夫の「偶感集」に「きけわだつみのこえ」がどのやうに編集されたかが書かれてゐる。

編集方針があつて、その方針に合致した手記を選んで編集されたさうである。全体の何割を占めてゐたか不明だが、方針に合致しなかつた手記は、割愛され、日の目を見なかつたたさうである。

真実を知るために、この編集方針は正かつたのかと問へば、答えは明白である。真実を知るためには、編集方針にとつて不都合な手記も、重要な意味をなす。それが欠落してゐるのだから真実にはなり得ない。

時間の遠近法のなかに、今一度「きけわだつみのこえ」を置いてみると、歴史を知るための資料としては、価値が大幅に失はれてしまふ。もし渡辺一夫の編集方針に従つてゐればと悔やまれる。

20170830
   < 子孫を繁栄させるために人間のできることは? >

見たいやうに見るために編集する。現在これがまかり通つてゐる。なにも渡辺一夫でなくてもよい。心ある人が見たなら、いま現在の日本の報道の現実をどのやうに見るだらうか。

たしか渡辺一夫の座右の銘は「群盲撫象」であつた。人間の限界を意識したものだ。著作集の表紙にそれを表す版画が使用されてゐる。

かつてメディアが日本人を戦争へ誘導した。報道に関はる人たちが謙虚にならないと、またおなじ道を歩みさうである。さうさせないためにも国民一人一人がメディアの横暴を監視し、違うふといく声を出していく必要がある。なぜならばメディアの程度は国民の程度でもあるだから。




| comments(0) | trackbacks(0) | 18:48 | category: ひと言 |
# 八月になると思ひ出す本 jeudi 24 août 2017
例年ことだが、自分でもなぜだかわからないのだが、八月になると本棚から取り出して読む本がある。大江健三郎が敬愛してやまない渡辺一夫の著作集である。

今年は渡辺惣樹が訳した『裏切られた自由 上』を読み、再読する前におなじく渡辺惣樹訳の『ルーズベルトの開戦責任』を再読し、さうして渡辺一夫の「偶感集」を読んだ。

読みながら、だれもが有限で、時代の枠のなかでしか生きられない、と痛感させられた。いかに優れた人であらうと、時代の思考から抜け出すことはできない。渡辺一夫もその例外でない。

20170824

生きてゐる人間のせめてもの務めは、知ろうとする努力だらう。知つて修正して更新していく。歴史は、新資料の発見や資料の解禁によつて、修正されていくのが當然である。

しかしいまは歴史を修正することが歴史修正主義者として断罪される時代である。この二十一世紀も魔女を裁いた時代と大差ない。魔女はなぜ裁かれたかを知ると慄然とする。

歴史修正主義者を断罪するのも、魔女裁判と変はらない。顕になつた真実以上に死守したいものがある。だから裁く。死守したいものとはなにか、なぜそれを死守したいのか、時代は変化してゐるが死守してどうするのか、さういふことを考へる必要がある。






| comments(2) | trackbacks(0) | 19:35 | category: ひと言 |
# 報道する自由 報道しない自由 vendredi 18 août 2017


盆の最中に、豪華列車「四季島」の人身事故がニュースになつた。ニュースの力点はどこの置かれてゐたかといへば、単に「初の」といふ点である。「WHY」とか「HOW」ではない。本来「WHY」と「HOW」が特殊だとニュースになるが、この事故にはそれはない、だがニュースになつた。報道する側の選択、つまり「報道する自由」でニュースになる。「報道しない自由」で報道しなくても一向に問題ならない出来事である。

これも同じ時期にテレビ朝日が報道したニュース。見出しは「東京・福生で、10代の少女にわいせつな行為をしたとしてアメリカ軍横田基地で働く男が逮捕されました」。わざわざ「アメリカ軍横田基地」と断るのだから、事件を起こしたのはとうぜん基地に勤務するアメリカ軍人かと思ふとさうではない。

20170818
   < 注意を奪はれるのではなく注視する人となる >

容疑者名は日本人名である。なぜ勤務先を「アメリカ軍横田基地」とするのか。勤務先が異なれば見出しには登場しないだらう。つまりは不要な文言である。ところでなぜ「アメリカ軍横田基地」とあへていふのか、印象操作を滑り込ませるためである。しかしこれも「報道する自由」らしく臆面なく報道してゐる。果てしなくゲスな報道である。






| comments(2) | trackbacks(0) | 07:30 | category: ひと言 |
# 膨大な税金を閉会中審議の茶番劇に vendredi 4 août 2017
カメラの前で、百万円の札束を、寄付主に返しに来たのだと、言つて見せ、その映像が流れた。すると、ネット上では、両端の一万円札以外は白紙の紙束だと失笑がおきた。

自民党・葉梨康弘

   < 核心を突く理想な質疑 >

公明党・竹谷とし子


七月一日、土曜日、十七時、秋葉原で、今度は本物の札束を見せ、「百万円渡したら渡したつて言へ」と絶叫しながら、おなじみの絵面がTVで流れた。

本質と乖離した失笑にも値しないこの茶番劇、それをカメラに収めてニュースの一コマとしてTVで放映する。ニュースが問題のなにを明らかにしたのか。なにも。

膨大な税金を費やしたこの茶番劇、だれが、いつ、どのやうな形で有権者に説明し責任をとるのか。

参考ために野党の質疑ふたつ。上記動画と比較してどちらが週刊誌報道か考へてもらひたい。
共産党・小池晃


民進党・福山哲郎


この質疑の落差はなにを意味するのか。本来なら、閉会中審議を開設させた野党が本質を解明し、事実を有権者に明らかにする責務がある。







| comments(2) | trackbacks(0) | 18:20 | category: ひと言 |
# なぜ根本問題を論じない? lundi 31 juillet 2017
棚上げされる本質
木を見て森を見ずのことば通り、爲政者個人の細部の問題に時間をかけるのをいい加減に切り上げて、半世紀に亘つて獣医学部が認可されてこなかつた森の問題を論じ、その原因を具体的かつ詳細に解明するのがことの本質である。


 < 対象問題を半世紀の門前拂ひ問題に絞れば? >

俗にいふ岩盤規制で利益をまもられる既得権益者は、どこまでも既得権益を堅持、保持しやうと画策する。わが身安泰、保全のために、新規参入者を拒む構図が生まれる。日本に限つたことではないだらうが、どの分野でも、至る所にこの構図を見ることができる。

今回の問題に限定していへば、その硬直した構図を堅持するために、国民の見えないところで、特定の団体(日本獣医師会)に手を貸し続けてゐたのが文部科学省。なぜ手を貸すのか?依頼されて設けた規制を壊さないことで、手を貸す文部科学省のなかに利益を享受できる人間が存在するからである。旨い汁が吸へる人間が存在するからである。


 < 前川喜平 天下り関与時の国会での答弁 >

原因を明らかに
根本原因を究明し、明らかにしない限り、新薬の発見も覚束ない。原因究明を問はずに、表層の問題に時間をかけ、表層の問題を追求して、仮にその問題を解決したとしても、原因の根本問題は残つたままである。

ありふれた見方だが、表層だけに力を傾注して、そちらに注意を向けさせて、本質問題からは人の目をそらせる手法。かういふ愚にもつかない審議に一日二億円といはれる税金が費やされる。


  < 練りに練つた石破四条件 >

知らぬ間に
どこまでも果てしなく落ちて行く。学問研究分野が劣化すれば、とうぜん日本の国の力も、文化力も劣化してゆく。その劣化に力を貸して余りあるのが国会議員と国会審議。悲惨で、皮肉で、悲しい最高傑作の愚行カリカチュア(風刺画)。

いや、かういふ最高傑作のカリカチュア(風刺画)を作れるのだから、まだまだこの国は劣化しない、といふ声も聞こえる。だが、盛衰の理の通り、日本は、確実に、発展途上国となつてゐる。いま繰拡げられてゐることは、その途上の最中なのだ。




| comments(0) | trackbacks(0) | 11:02 | category: ひと言 |
# 「知る権利」を犯す「報道しない自由」を裁判所に訴へやう dimanche 30 juillet 2017
誤解した自由
「報道しない自由」とは、どの出来事をニュースとするかしないかの取捨選択をいふのであつて、報道側に不都合な事実を報道しない自由ではない。

しかし現実は、ニュースになつても報道側の主張にそはない事実、つまり報道側の意にそはない事実は、報道されない。本来報道に、ジャーナリズムの規範と倫理の外に、報道側の主張があることじたいが矛盾してゐるのである。

20170730
 < 平和もいいが、まず基本的人権を! >

人を欺くための「報道しない自由」
「報道しない自由」は、日本国憲法に保障された日本国国民の基本的人権の侵害であり、「知る権利」の奪略である。正しく知ることができなければ、正しく考へることもできない。さうでなければ判断が間違つてしまふ。

それを許さないのであれば民主主義の根幹の基本的人権、「知る権利」の蹂躙、破壊である。

だからこそ「報道しない自由」を盾にして偏向報道を地上波で流し、人々を愚弄してゐるマスメディアを裁判所に訴へやう!








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