蛮茶庵

フォト・エッセイ ごまめの歯ぎしり
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# 漢字、中国語、ひらがな ことばの世界 vendredi 27 janvier 2012
2,000ブログまで27

 

 

癪と癇にさはる

 他人の家の郵便受に、断りもなく、当然のごとく、広告の類を、無神経に、突つこんでゆく。郵便受を開けると肝腎の郵便物よりも無造作に突つ込まれたさういふもののほうがいつだつて圧倒的に多い。家の修理をしてゐる最中に、家の売却を求めるチラシを投函してゆく神経を持たない抜け作もゐる。

 

 落語家の古今亭志ん生だつたか、酒の肴を前にして、俺の胃袋はゴミだめじやあねえ、といつたといふ話をきいとことがある。それを真似して、「俺んちの郵便受はゴミだめじやあねえんだよ」と抜け作を前にして言ひたくなる。

 

 なかには、かういふ広告も情報だと叮嚀に読む奇特な人がゐるが、こちらはさうではない。土足で他人の家に上がりこむやうな無神経な行爲がいやなのである。だから、さういふものは見もしないし、そのままゴミ箱に捨てる。それならまだいいのだが、このゴミをまたゴミとして、指定されたゴミの日に指定された場所に出さなければならない。最初からゴミとわかつてゐるもののために、いちいち、労力を割かなければならない。三六五日毎日しなければならない。これがまた癪に障るし癇にもさはる。

 

ハードで明快な世界

 さういふわけで、郵便受に、赤いガムテープの上に黒いマジック・インクで、コントラストを際立たせて、「郵便物以外投函お断り」と書いた。効果はあつて、以後広告類は入らなくなつた。しかし日が経てば、ガムテープの赤い色も脱色され、黒いマジック・インクも同様で、インクがとんで、文字も怪しくなつて來た。読もうと思へば読めなくはないのだが、なにを書いてあるかわからないと白を切られれば、それが通じさうな状態になつて來た。するとすぐ、抜かりなくまた広告の投函がはじまつた。抜け作もかういふところは抜け目がない。

 

 こんどは新たにテープに印刷して、断り文を作つてくれる人がゐた。しかしできたものを見るとどうも肝心なものが抜け落ちてゐる氣がしてならない。作つてくれたのは「郵便物以外の投函はお断わりします。」となつてゐる。これでは断固としたこちらの意志が文面に出ていない。どちらかといへばこちらの苛立ちとは関係なく、いかにも柔和、叮嚀、軟弱に感じられる。これでは投函人は無視するだらう、と思へてくる。


 20120127


 これでは氣が治まらない。だから「します。」の部分を鋏で切落した。さうして、「郵便物以外の投函はお断り」とした。しかし、ひらがながあるので、どうしても軟弱になつてしまふ感がある。「お断り」だけ生かして、ひらがなは削除して元の「郵便物以外投函お断り」のほうがやはりいいやうに思へてくる。いやそれよりも、こちらの意志を、明確に、もつともつと前面に押出して、「断・投函 非郵便物」としたほうが、こちらの意志をさらに正確、的確に表わしてゐる氣になつて來る。

 

 「断・投函」の意味がわからない人は、まずゐないだらう。もちろん「非郵便物」も。さてかうしてこの文字を眺めてゐたら、日本語が、いまでも、中国語のすぐ傍にあるのに氣づかされた。

 

ソフトで難解な世界

 また削除してしまつたひらがなはといへば、「をんなもすなり」といふ紀貫之のあのひと言が思ひ出された。「をんなもすなり」の行き着いた先が、最近どこでも使はれるいやらしさの極みの「させていただく」といふあの表現。本心を晒せば、自分がしたくて、疼いて、その慾の皮でするにもかかはらず、へりくだつて、おとなしくみせながら、実は裏では、どうだ見たかと言はんばかりに、威張りくさつてみせるといふ巧妙難解なアクロバット的言葉づかひ。この起源が「をんなもすなり」のひらがな表現の世界にあるのでは思へてくる。

 

 最近、天國も地獄もレトリックに過ぎないといつたホーキング博士だが、一番わからないのは女性だといつてゐる。その女性が編み出したひらがな。そのことばつかひにはさういふ難解、摩訶不思議、不可解性が潜んでゐるのではと思つてしまふ。本歌取りを筆頭にして、同音で果てしなく聯想させることばあそびなどはその最たるものではないだらうか。

 

 豊かなニュアンス世界を創出し、そこに遊ぶうちはよいが、さうでなくなるといやらしさだけが異様に目についてしまふ。一見温和その実エゴの塊。さういふ慾望むき出しのぎらぎらした目に出会ふこと出会ふこと。






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# これでよし jeudi 26 janvier 2012
 2,000ブログまで28

 

 

 一昨日(おととひ)の二十四日、舊暦の正月の二日、朝から雪かきをした。範囲は玄関先の幅五メートルほどの道路を十メートルほど、道幅四メートルほどの私道を五六メートルほど、それに玄関先の道路が突き当たるT字路の交叉部の雪かきをした。数字を記したのは運動量を想像してもらふためである。

 

 さてその後、自分のからだがどう変化するか知つてみたかつた。年をとると疲れが二三日後に出るといふので、昨日は飛ばしてけふの状態でこれを書く。もちろん、その間、入浴などして筋肉をもみほどすなどのことは一切しなかつた。さうでないと自分で得心がいける結果とならないからである。それに自分を誤魔化してもなにも得るところはないからである。

 

 あへていつもどおりの生活を意識して過ごした。二晩を過したが筋肉痛などの異常が感じられるところはない。階段の上り下りをしてもいつもどおりで、支障はない。といふことは普段してゐる運動が効を奏してゐるのだと判断しても差し支へないだらうといふ結論に達した。

 

 普段の運動は息が上がつて苦しくなるやうな激しいものではない。その反対で、呼吸の乱れないスローを意識して、からだ全体をまんべんなく使ふことを意識した運動を心がけてゐる。自分の運動可能範囲を拡げるために、股関節の運動にも注意を拂つてゐる。さういふ運動の可否が、この雪かきで明確になつたのだと考へてゐる。

 

 運動にしても、学ぶことにしても方法が間違つてゐれば、期待する効果は得られない、といふことが、これまでの自分の貧しい経験からしても窺へる。

 

 運動をしてゐて毎朝、同じ時間に見かける人がゐる。正月二日にダイエットスーツのやうな真新しい上下の運動着を着て、シャカシャと運動着のすれる音をたてて走つ行つたが、翌日からはまた普段の運動着に戻つてゐた。よくあることだが、期待できないからやめたのだらう。

 20120126

   < 向合ふと道路は語る。ランナーそれを知つてゐる >

 

 ワン・ルーチン、ワン・パターン運動しかしないのは反対にからだに弊害をもたらす。頭も同様だが。さう考へても間違ひはなささうだ。全体と部分を考慮に入れた考へ方をしないと意味をなさないやうである。この全体と部分も、字面に囚はれてしまふとつまらないことになつてしまふ。いや、つまらない以上にもつとひどい有害なものになつてしまふ。その可能性を多分に持つてゐるからまた怖い。

 

 だとしたら「全体と部分」について講釈してみろといはれさうである。が、それは各自自分の頭で考へてみる必要がある。「こたへ」は自分で出して「こたへ」である。保証つきのやうな正解を求めてなにが得られるといふのか。自分の頭で考へる。さうして納得する。納得できなければもう一度考へ直せばいい。それを飽きることなく繰返せばいいのである。

 

 さうしてなによりも、自分で、得心がいけばよいのである。今回のところ、わが運動は、このからだが「よし」としてくれたやうである。だから「これでよし」なのである。さうだからといつて、自分が生きてゐる間、保証してくれるわけではない。からだの聲に耳を傾けながらといふ条件がついてゐる。これを無視すれば、いつだつてすぐ保証がなくなる。

 

 だから自分を保つことに努めるのである。自分とは自分のからだと氣持ちのありやうである。その自分を保つ方法だが、これがまた禅問答のやうで、「部分と全体」である。一方に偏れば、そのしつぺ返しは、自分に返つてくるだけである。






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# ことばが、存在が、消失する瞬間 mercredi 25 janvier 2012
 2,000ブログまで29

 

 

 ひやかしで、ある標語募集に「つまみ洗ひ」といふことばを使つて応募した。食事の折その話をしたら、言下に「ダメ」のひと言で片づけられてしまつた。理由を訊くと、いまどき「つまみ洗ひ」など、だれもしないといふ。世間一般の、それも女性の家事事情を知らないから、「さうか」と返事するしかなかつた。

 

 「お茶は、いま、家でいれて飲むのではなく、自動販売機で、ペットボトルで売られてゐる時代」といふ。事実さう思つてゐる人もゐる。これがまた若い主婦層だともいふ。

 

 といふことは、「つまみ洗ひ」は意味不明のコトバなのか。お茶は自販機で売つてゐる、さう思つて疑はない類の人にとつては、「つまみ洗ひ」は確実に知らないコトバになるだらう。さうなると応募の結果は、既に明らかなやうである。

 

 昨年の暮れ、目黒区立美術館で「秋岡芳夫展」が開催された。出かけた偶然で、観る機会に恵まれた。以前秋岡芳夫の本を読んだとき、「身度尺」といふことばに出会つた。それが新鮮で、実に言ひ得て妙だと感心したので、このことばと共に、秋岡の名前は覚えてゐた。

 

 一九五九年に尺貫法が廃止された。だから、身度尺の「尺」といふことばも、多くの人には知らないコトバになるだらう。かういふものこそ、文化の基礎をなすもの。だからしつかり残すものだが、國は実に潔い。法律まで作つて、捨てさせる。挙句、この尺貫法を使ふと計量法に基づいて五十万円以下の罰金が課されるオマケまでついてゐる。

 

 さういふ一方で、伝統を守ると唱つて歌舞伎などは残す。どこに判断基準があるのか一向に見えて來ない。ひよつとしたら、目に見えるものと目に見えないものといふ枠で判断してゐるのだらうか。

 

 一方は便利(?)と引換へに、一方は國家の權力で。ものいはぬことばを両面攻めにする。ことばがなくなれば、その実態もなくなる。やせ細つたことばの結果をもつ國を文化國家と定義するのだらうか。


 20120125

   < 命を養ふ滋養があればどこであらうとも生きてゆく >

 

 また商業主義が若者コトバに迎合する。ただ売るために、ただ売上げの数を伸ばすために、辞書のことばに若者コトバを採用する。これがまた誤解の連鎖を生む。迎合された若者コトバを使ふ若者に、われらはひよつうとして?と錯覚を起させ、その氣にさせる。

 

 罪作りなのは、なりふり構はない売上至上主義の商業主義。さらに、売らんがためのご都合主義な理由――「ことばは生きて変化する」――づけ、そのご都合主義な売りコトバを執拗に繰返し、売らんがための商業主義を正当化しては、ビジネス、なるものに腐心する。

 

 恥の上塗りは一重から二重、二重から三重にと、御叮嚀に、はてしなく塗り上げられてゆく。さうなれば、ことばに混乱が生じないわけがない。仕掛人はといへば、文化國家の担ひ手を自認する人々ばかり。

 

 若者コトバはそもそも隠語。それも現行の大人の世界からわが身を守るための若者隠語。それが華々しく辞書の世界に登場してし脚光を浴びてしまふ。さうなると隠語の存在意義が消失してしまふ。

 

 現行の大人の世界がイヤで仕方がない。だから若者自らが考案した若者コトバ、それが現行の大人の世界に取りこまれてしまふ。さうしてもて囃される。結果唯一自ら確保した居場所を失ふことになる。若者の存在の場に這入りこんで來るものがあるからだ、若者は、自らの場を、また探さなければならなくなる。

 

 だが一度覚えた味、追つかけも執拗になつて目を離さない。行き場がなくなると、若者は現行の大人の世界に身を委ねるしかなくなる。さうなつてしまふと若者が若者でなくなつてしまふ。

 

 かうして商業主義は若者コトバも喰ひものにする。売らんがための商売。この犠牲になる若者。罪作りな喰ふための商業主義、それが王道といはんばかりに、突き進む光景ばかりが目につく。






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# あれ以後、まだあの一杯の珈琲を超へるものには出会つてゐない mardi 24 janvier 2012
 2,000ブログまで30

 


 朝起きたら一面の雪。なぜか、珍しく、のんびり雪見と洒落こみたくなつた。しかし、その矢先、ガリガリと雪かきをする音が聞こえてきた。窓越しに音のするほうを見ると、いつもより数倍早く出勤してきた保育園の園長が、ひとり雪かきをしてゐるのが見えた。見てしまつたのだから、もう雪見どころではない。急いで起きて、スコップを持つて通りに出た。

 

 通りは駐停車禁止区間だが、さういふものは、あつてなしといふのが実状で、毎朝夕、保育園へ子供を送迎する保護者の車が止まる。時間によつて縦列駐車場になる。いい悪ひの問題ではなく、スリップ事故でも起きたらと思つて雪かきをはじめた。

 20120124

 表道路の雪かきを済ませ、私道の雪かきを済ませ、最後に表道路の日の当たらないT字路の交叉点の雪かきを済ませた。かういふとき、熱いお茶の一杯でもあればと思ふのだが、「ご苦労さま」といふ人はゐるが、お茶など出す人などはゐない。

 

 遠くの結婚式に出席した帰り、夜中ぢゆう走り続け、まだ暗い早朝、同乗者を玄関先まで送り届けたことがある。少し待つやうに言つて家のなかへ入つていつた同乗者が、出てきたとき、手に珈琲カップを持つてゐた。それを玄関先で立ち飲みした。さうして運転を再開してわが家まで帰つた。その玄関先からわが家までは小一時間のドライヴだが、運転しながら、なぜ珈琲を飲ませたのかがよくわかつた。あの一杯の珈琲の意味がよくわかつた。

 20120124

 それ以後さういふ効力を持つた一杯にであつたことがない。もし出会へるとしたら、かうして雪かきしてゐるときの一杯が、それに相当するのでは、と想像したが、残念ながら、さういふ機会は巡つて來なかつた。

 

 雪かきをしながら、思ひ出したあの体験。いま思へば貴重なありがたい体験である。重要な意味があつたあのときのあの一杯の珈琲。

 20120124

 七時前からはじまつた雪かきは、晝過ぎまでかかつた。家に戻り、テーブルの盛皿に盛つてあつた蜜柑を貪るやうに食べた。蜜柑の山が一瞬で消えて、ゴミ籠は蜜柑の皮で一杯になつた。からだが水分を欲しがつてゐたのがよくわかる。けふは舊の暦では正月の二日、自然が冬を知らしめやうと降らした雪だつたのかもしれない。






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# 「拠る」ことと「寄る」こと lundi 23 janvier 2012
 2,000ブログまで31

 


 自分なりに文章を読む基準を設けてゐます。そのひとつですが、引用を多用するものは読まないことにしてゐます。

 

 かういふものを書いてゐてもわかるのですが、引用ほど樂なことはありません。実際、コピー&ペイスト機能を使ひ、文章を貼り付けるだけで、それも数分で、その日のブログができあがつてしまひます。

 

 引用にはさういふ時間的にも物理的にも便利な面もあります。しかし、さういふ便利さには落し穴があります。引用して、仕上げただけなのに、自分が考へたと錯覚を起させることです。これが便利さの落し穴なのです。

 

 過激な保守の親玉のやうな人が産経新聞に書いたものを目にするときなどがありますが、落し穴の手本そのものになるやうな引用が目立ちます。言外で、「どうだ、恐れ入つたか、俺はかういふモノを読み知つてゐるのだぞ」といはんばかりの臭気が立ちこめてゐます。愚の骨頂の手本を見るやうです。

 

 一度引用に着目して、文章のよしわるしを判断してみるのもひとつかと思ひますが、いかがですか、やつてみませんか。

 

 引用とは他人が書いた文章を借用すること。その借用で、自分の考へが代用できるのですから、自分の考へは、語るほどの値打ちがないのがわかります。

 20120123

 『十字軍物語』の第四次十字軍、これはおなじ著者の『海の都の物語』(1980年)で既に語られてゐますが、三十年後に、再度第四次十字軍を語たつたあとで、塩野七生は、翻訳などではなく、原史料にあたる必要性を説いてゐます。

 

 原史料にあたるにしても、史料に拠るのであつて、寄りかかるのではないとしてゐます。なぜならば原史料も「人間が書いたもの」ですからと塩野七生は書きます。

 

 「原史料」一点張りになる人が、つまり「寄りかかる人」です。なにがあつても、「原史料」に「書いてあります」になつてしまつて、「人間が書いたもの」の保留が、どこかにすつ飛んで、なくなつてしまいます。

 

 タイトルにした「『拠る』ことと『寄る』こと」。翻訳天國の、「孫引き」が、当然となつて、罷り通つてゐるこの國ですから、理解に苦しむ話かもしれません。もし想像通り、理解に苦しむなら怖氣がします。

 

 これは文章を書く場合の引用だけの話ではないですね。身近を、少し見てみれば、おなじことが無限に出てきさうな氣になつてきます。もしさういふモノに、隙間なく取囲まれてゐるとしたら、さてどうしませう。可能性はかなり大のやうなのですが。






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# なぜ皇帝フリードリッヒなのか dimanche 22 janvier 2012
 2,000ブログまで32

 

 足湯の話の後は、また塩野七生の『十字軍物語』に戻るとしよう。

 

 

 痛快・快男子、皇帝フリードリッヒはどうやつて誕生したのか。ひと言でいつてしまへば、異文化を知つて育つたからである。それも直接異文化に触れて育つたことが、皇帝フリードリッヒを痛快で快男子にしたのだと考へられる。

 

 イスラム文化の豊かさを知る過ぎるほど知つてゐたのはフリードリッヒである。ローマ法王はといへば、キリスト教の権化である。一神教の権化となつた人間が、その他の価値体系を認めないだらう。認めたら、最高者としての立場そのものが怪しくなる。さういふところからもわかるやうに、法王は一次元的絶対的価値観の保持者である。フリードリッヒはといへば、多次元的相対的価値観の元で考へ、生きてゐる。

 

 さういふわけだから、おなじ時代に生きてゐても、見てゐる世界が異なつてゐるのがわかるだらう。見てゐる世界が異なれば、当然考へる事柄も異なつてくる。一方は半分の世界だけを見て、急げ急げとせつついて來る。しかし、もう一方は、それにプラスしたもうひとつの世界を見てゐる。だから、さう簡単には同調できない。一次元的絶対的価値観の法王からしてみると、優柔不断に見えて、じれつたくて仕方ない。しかしなぜ優柔不断なのか理解できない。はがいましくて、怒り心頭に發して、結局激怒する。

 

 一方が怒り心頭に發し激怒しても、相手方は一向に氣にならない。氣にならないから、餘計に煮ゑくり返る。さうしてさらに怒りがエスカレートして頂点を超へてしまふ。さういふ関係がローマ法王と皇帝フリードリッヒの間にあつただらう。

 20120122

   < 食は文化そのもの >

 

 結果どうなるかといへば、相対的な見方をしてゐる皇帝フリードリッヒが法王を手玉に取る格好になる。自然さうなる。それも慇懃に。その慇懃がさらに慇懃になれば、それは茶化しになる。法王はそれを感じてゐる。だから法王はおもしろくない。

 

 相対を心得てゐた皇帝フリードリッヒは真のコスモポリタン人であつたとしてもよい。自在に使へる言語――アラビア語、ギリシャ語、ラテン語、ドイツ語、イタリア語、フランス語――の数がそれを示してゐる。言語を知るとは価値観を知ることである。子供時代を異文化が共生するシチリアで過ごしてことも影響してゐる。民族が違ひ、外見が違ひ、信じる神が違ひ、使ふことば違つても、人間としては自分と変はりがないことを皮膚感覚を通して理解してゐたはずである。さういふところから、ローマ法王とは異なり、偏見のないものの見方ができただらう。平等主義者といつてもいいかもしれない。

 

 さういふ面を持ちながらも、フリードリッヒは超(シュール)がつくほど現実的な人物である。だから交渉にも隙をみせない。軍を動かし相手を威圧することも抜かりなくやつてのける。優位にあるからといつて武力を使ふわけでもない。あくまでも圧力をかけるためだけである。さうして自分の思ふやうにことを進めてゆく。かういふフリードリッヒに、塩野七生が『海の都の物語』で定義するーー現実に妥協するのではなく、現実を切り開くーー「現実主義者」を思ひ出す。

 20120122

   < 食を受容するとは文化を受容すること >

 

 ローマ法王は自分が長として最高だと信じて疑はない。ただしそれはキリスト教が作つた世界での長である。しかし皇帝フリードリッヒは、キリスト教世界を越へ、イスラム教世界をも念頭に置いた実力者である。

 

 さういふことを考へると、キリスト教もイスラム教も共に唯一神といひながら、皇帝フリードリッヒからすれば、実は多くの宗教のなかのひとつの宗教でしかない。いたずらに一神教を標榜してゐるとしかみえなかつたのではないか。さういふ見方をがゆるされるのなら、フリードリッヒにとつて、宗教そのものが儚いものに思へたのかもしれない。もしさうだとしたら、皇帝フリードリッヒは十三世紀において、既に二十世紀のニーチェを先取りしてゐたのかもしれない。

 

 「神がそれを望んでおられる」といふ法王のコピーが、フリードリッヒの頭のなかで、どう響いたか、想像してみるのもひとつである。

 

 だが二十一世紀のいまでも、宗教戦争の現実がある。一二五〇年にフリードリッヒが亡くなつてから既に七百年が過ぎた。だのにいまだかつてフリードリッヒを超へられないでゐる。世界のニュースを知ると、いま現在もそこかしこで宗教戦争が行はれてゐる。結局人間は、正しさを主張しながら、人間が死に絶へるまで人間を殺し続けないと生きられない動物なのかもしれない。






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# もうひとつの足湯を愉しむ samedi 21 janvier 2012
 2,000ブログまで33

 

温泉場の足湯

 温泉場を歩くと、最近はどこでも、無料で足湯を愉しませる場所がある。好奇心も手伝つて、機会があれば、さういふ場所を利用する。しかし足を湯につけてゐる時間となると以外に短いのでは、と思つたりする。温泉の湯の温度が少し高めなのがさうさせるのかもしれないし、場所柄落着かないことが、さうさせるのかもしれない。

 

 温(ぬる)くてもいけない。虫のよい要求だが適温がよいのである。この適温が、また、人さまざまだときてゐるし、その時のからだの状態によつても異なつてくるし、状況によつても異なつてくるからむつかしい。まさにわがまま人間、そのものである。至れり盡くせりのサーヴィスをしてあるつもりでも、人は寛いで長居するとは限らない。結局は、その時の氣分である。

 

私設の足湯

 この二三日の寒さで、湯たんぽを引きずり出してきた。仕事机の下において頭寒足熱を実践するためである。実行してみると、これが案外いい。湯たんぽの湯も、経済的にできてゐるやうで、暖かさが一日継続する。もちろん湯たんぽの温度は徐々に下がつてしまふが、もう一度沸かす必要はない程度で一日の仕事は終はつてくれる。

 20120121

 使用方法は簡単で発泡スチロールの箱に温かい湯たんぽを入れ、それを仕事机の下に置き、後は足を湯たんぽの上にのせ、ひざ掛けをかけるだけである。これだと足湯に足を浸ける以上に長い時間足を暖めてゐられる。用があつて、机を離れて歩くとよくわかるのだが、足裏の土踏まずのところがホカホカしてゐるのがわかる。このホカホカ感はからだによいだらう、とわけもなく確信に満ちて思へてくるのだから、苦笑してしまふ。

 

第二の心臓のために

 ふくらはぎは第二の心臓といはれる。湯たんぽで温められれば足裏の血行はよくなるだらう。血行がよくなれば、血はスムーズに流れるといふ感じが持てるだらう。流れのよくなつた血液は、第二の心臓・ふくらはぎにドクドクと流れこむだらう。第二の心臓・ふくらはぎが元氣に動けば、血は第一の心臓を目指して体内を駆け上がつてゆくだらう、さう聯想がつづく。

 

 飛行機内でおきるエコノミー症候群は血液が第二の心臓・ふくらはぎに流れないことが原因で起きる。それを防ぐために加圧ソックスが開発されたと聞く。ソックス内に段階的に圧力を加へる仕掛けが施してあつて、それで血液の循環を計らうとするものである。この加圧ソックスを履くと、血行がよくなつて、足の疲れがでにくくなると教はつた。薦められ、購入して、使用してみた。効果は確かなやうである。でもソックス内の圧力がかかる仕掛けで、どうしてもソックスがのびず窮屈になり、通常のソックスとおなじやうには履けない。履くのに、構へなければならず、ツイツイ手間がかかつてしまふ。

 20120121

 それに加圧ソックスの値段は、いまのところまだ高価である。だから何足も買ふ氣にはなれないし、また買ふにしても、ファッション性からすると、機能優先が目立ち、遊びがないので買ふ愉しみもなくなつてしまふ。それに加圧の締めつけがあるので、どうしても窮屈感が氣になる。さういふところからも、どうしてもといふ必要に迫られない限り、使用しようといふ氣になれない。

 

よいイメージはよい結果を生む

 なにはともあれ第二の心臓・ふくらはぎをイキイキさせるのがポイントである。そのために湯たんぽほど手軽で安あがりなものはない。第一足裏に感じられる暖かさで、血行のよさが自然、意識できてしまふ。かうして感じとれる安心感は、実際の倍以上の効果をもたらしてくれるだらう、と思つたりする。

 

 「イメージ・トレーニング」といふことばがある。これは、なにもいまにはじまつたものではない。むかしからあるものである。ただ「イメージ・トレーニング」といふことばが存在しなかつただけである。

 20120121

 小説『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレルは聖書をすべて暗誦してゐる。その暗誦に関してスタンダールはジュリアン・ソレルにかう語らしてゐる。「できないのではないかといふ不安を抱いたらできなくなる」と。これは「イメージ・トレーニング」そのものである。

 

 よいイメージを持てばよい結果が得られる。これが「節電のためで仕方なく」といふけち臭いことをいひだすと、途端に効果が、完全に、失せてしてしまふ。どういふ發想をするか。これがモノゴトを実行したり考へたりする上でたいへん重要な役割を果たす。

 

 かういふことを言ひ出したのも、足元の湯たんぽのおかげである。足元が暖かくなり、第二の心臓がイキイキしてくれば、發想も変はつてくる。「試みてみる価値は、充分すぎるほどに、ありますよ」といつて、けふはこれで終はりにする。





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# いまも儼然と猛威をふるつてゐるあのコピーの別ヴァージョン vendredi 20 janvier 2012

2,000ブログまで34

 


はじまりと終はり

 「魔女狩り」や「魔女裁判」について知りたくて、関係する本を以前読んだ時期があつた。関心の的は、「なぜ魔女なのか」「なぜ魔女が登場したのか」「魔女裁判はなぜ猛威をふるつたのか」「なぜ、どうして魔女裁判はなくなつたのか」であつた。

 

 塩野七生の『十字軍物語』最終巻の「十字軍後遺症」を読むと、十字軍がなくなつた理由と魔女裁判がなくなつた理由がピッタリ重なる。人間のご都合といふエゴ、恣意ではじまり、人間のご都合のエゴ、恣意で終はる。

 

フィルターといふ装置

 このご都合、エゴ、恣意が力を發揮するのはフィルター装置を通してである。フィルター装置を通すことで「つぶやき」が一大キャンペーンに豹変するのである。しかし、フィルター装置を通過しても、それに「仕掛」がなければ、いかに真理、真実であつても、「つぶやき」はいつまで経つても「つぶやき」でしかない。人間の歴史はフィルター装置、仕掛を通したレトリックで動いてゐるといつても、一向におかしくない。

 

 フィルター装置を通し、「仕掛」によつて、箔がつけられるのは「權威」である。この權威が生まれないと「仕掛」にはならない。ローマ法王とは「神の代理人」である。そのローマ法王は「神の代理人」といふ「仕掛」、レトリックがあつてはじめて權威となり得るのである。

 

 いま北朝鮮のバトンタッチ劇をみてゐると權威を正当化する「仕掛」に腐心してゐるのがよくわかる。遥かに時代を隔てても、人間のフィルター装置、仕掛、權威に対する考へ方になんの相違もないのがよくわかる。独裁國家だからさうするのではない。

 20120120

   < 果報は寝て待てといふが・・・ >

 

國民の総意といふ仕掛

 民主主義國家でもこの權威づけが周到になされてゐる。民主主義國家の長は独裁國家の長とおなじやうになぜ權威、力を持つのか。この「仕掛」は「國民の総意」といふレトリックに依拠する。選挙といふフィルター装置を使つて選ばれた人、それに「國民の総意」といふ「仕掛」の衣裳を着せる。だからである。民主主義國家の長たちが「神の代理人」のすぐ傍にゐるのがよくわかる。民主主義國家では、國民が「神」に成り代はつてゐるのがわかるだらう。さうして權威づけするのである。

 

 大統領の「テロとの戦ひ」が「國民の総意」となり、戦争に突入して行つたのは見たとおりである。しかしそれよりも遥かに、永続的に脅威をふるい続けてゐるアメリカの政策がある。一九四九年、トルーマン大統領が言ひ出した「未開發國を發展させる」政策である。「國民の総意」で選ばれた大統領が國民の絶対的関心を買ふためにひねり出した苦肉の政策である。

 

苦肉の政策が世界を脅かす

 この政策の背後には、第二次世界大戦後のアメリカの不景氣がある。いかに正義の戦争をしたといへ、勝利に導いた報奨は欲しいのが事実。だがアメリカが勝利に貢献しても。歴史は報奨を許す時代ではなくなつてゐた。植民地支配はもう許されない時代になつてゐたのである。そこでの苦肉の策が「未開發國を發展させる」政策となる。「發展させる」ために未開發國に進出してゆく。レトリックで本当の狙ひを見えなくさせるが、本質は形を変へた植民地化である。実際旨味のある國にしかアメリカは関心を示してゐない。

 

 アメリカの政策は正義の実行などではない。常にどこかにアメリカのエゴが顔をのぞかせてゐる。アメリカへの桜寄贈百年を記念して、今年三千本の花水木を日本に贈つてくれるといふ。それに添へるアメリカの言辞は「友情への尊敬と感謝を込めた返礼」となつてゐる。いま沖縄の普天間基地問題がある。さらに環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の問題もある。この胡散臭い言辞。表からは見えない裏で、アメリカと日本政府の隠れた取引があるのを臭はせる言辞――「友情への尊敬と感謝」――である。

 

あのコピーに通ずるもの

 戦争の火種をみれば、そこにはアメリカがゐる。第二次世界大戦で世界史に踊りだた覇者アメリカである。そのアメリカの信条となつてゐるのは、植民地支配を聯想させる「未開發國を發展させる」政策である。

 

 ソ連との冷戦時代を思ひ出すのもひとつだらう。いまキューバが埋蔵量豊富だとされる油田開発に乗り出した。社会主義國家キューバに対するアメリカの態度を見ておくのもひとつだらう。インドをはじめ未開發國の核開發に対する態度も同様にみておくべきだらう。さうするといまの世界に影響力を持つアメリカといふ國が見えてくるだらう。

 

 「神がそれを望んでおられる」としてはじまつた戦争と、「未開発國を發展させる」といふ、いま世界を動かしてゐるアメリカの國策との間に、どんな違ひがあるのか。違ひなどどこにもなにもない、といふことばが返つてくるのではないだらうか。






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# 塩野七生『十字軍物語』の痛快・快男子は? jeudi 19 janvier 2012
 2,000ブログまで35

 

リチャードは?

 塩野七生の『十字軍物語』で痛快で尚且つ快男子な人物をあげなさい、といはれたら、読んだ人はまず第三次十字軍の総大将格の獅子心王リチャードの名を筆頭にあげるのではないでせうか。劇画的な目を見張る華々しい活躍が、印象深く描かれてゐます。読後も心地よい印象が残ります。だからこの作品を読んだ人は、ごく自然に、痛快・快男子にイギリスの獅子心王リチャードを選ぶのではないでせうか。

 

 この本を読む限り、獅子心王リチャードは、痛快で、快男子なのは間違ひありません。しかしある不満が残ります。活躍の舞台があくまでも法王が準備した範疇の活躍であつたところです。時代の制約といふのでせうか、時代の思潮といふのでせうか、とにかく「時代」といふものがあるから仕方がないのかもしれませんが、その時代に閉じこめられた感があるので、痛快が少し痛快でなくなる氣がします。

 

遥かなる頭脳

 では、だれが痛快で快男子なのかといふことになりますが、真の痛快・快男子は第六次十字軍を率いた皇帝フリードリッヒではないでせうか。皇帝フリードリッヒは、リチャード獅子心王のやうに、だれにでもわかるやうな、目に見える華々しい活躍はしてゐません。第一血を流す戦ひは一度も行つてゐません。だが結果としては聖地イェルサレムを手中にしてゐます。戦はずして目的を達成してゐるのです。

 

 第六次十字軍を率いた皇帝フリードリッヒは、時の法王を、頭脳の面で、遥かに凌駕してゐたとのだと思ひます。リチャード獅子心王は法王が示す土俵で活躍しましたが、皇帝フリードリッヒは、法王の土俵ではなく、自分の土俵で勝負をしました。つまり皇帝フリードリッヒは、法王の言ひなりになる人物ではなかつたのだといふことです。法王とは別の自分の考へを持ち、自分の考へに従つて行動した人です。

20120119

   < いかに読み解くかは常に問題となるところ >

 

嫉みから

 それがローマ法王にとつては、どうにも我慢のならないことだつた、のだと想像できます。聖界の最高權力者、「神の代理人」、唯ひとり神と間見えることができる、当時の世界の最高権力者と信じられてゐて疑はれることのない人物を、俗界の人間が見下ろしてゐるのです。皇帝フリードリッヒはおくびにもさういふことは口にしませんが、それはさまざまな形で伝はつてきます。またそれを直接感じてゐるのは、なにを隠さうローマ法王本人しかゐないのです。ですから、ローマ法王にとつて皇帝フリードリッヒは、目障りで、癪に障つて、許せない人物だつたはずです。

 

 皇帝フリードリッヒは法王の二度にわたる「破門」の脅しも、一向に氣にかける様子はありません。あくまでも自分の考へ方に基づき、戦略を進めてゆきます。結果一戦も交へず聖都イェルサレムを奪還します。だから法王は尚更腹が立つのです。難癖をつけるためなら人はどんな理窟もひねり出します。だから戦ひで血を長さなかつたことをあげつらひます。

 

 またフリードリッヒの功績は先人のおかげだともいへます。しかしさうばかりではないでせう。やはりフリードリッヒの頭脳があつたからできたことです。フリードリッヒの外交はいまも学ぶべき多くのことがあります。特に日本の外交はさうです。両面のしたたかさを持ち合はせてゐないと外交はできません。外交に限らずビジネスもできません。レア・アースの一件もまだ記憶に新しいはずです。日本のやうに、勝手に信じて、いつまでもどこかの國にぶら下がつてゐるやうでは、外交とはいへません。

 

もうひとつの世界

 皇帝フリードリッヒは、おなじ世界に生きながら、全く別な世界をみてゐた人といへるのではないでせうか。さうでありながらおなじ世界を軽視するのではなく、その世界で信じられない功績を残せる人でもあつたのです。時代の制約を軽々と超へられる稀有な人だつたのではないでせうか。最高權力者に地団太を踏ませる。これこそ痛快ではないでせうか。それも軽々とやつてみせるのですから、これこそ快男子ではないでせうか。さうして確実な実績を残してゐるのです。

 

 塩野七生は第六次十字軍を書き終へるにあたつて、十字軍史の世界的權威のことばーー残酷で、エゴイストで、狡猾な男であつたーーを引用してゐます。さう引用した直後、塩野七生は、「ローマ法王の側に立つなら、当然の評価というしかない」として筆を置いてゐます。これも痛快です。だからフリードリッヒを活写できたのかもしれません。






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# レトリックといふ「ことばの綾」で世界が動く mercredi 18 janvier 2012
 2,000ブログまであと36

 


 正月休みは、暮れに購入した古本と新本を交互に眺めながら過ごした。新本の一冊に塩野七生の『十字軍物語3』が入つてゐる。十字軍物語1,2より幾分厚めで、読み応へがありさうであつた。最初に序として出版されたG.ドレの木版画に塩野七生がひと言添へた『絵で見る十字軍物語』を二〇一〇年八月に読んだあと、さてこの続編はどうしやうかと考へたのを覚えてゐる。

 

 手元にある十字軍物語1,2の最終頁に書いてある読了日付からすると、昨年の十月、同時に1,2の二冊を買つて、それから読みはじめたやうである。因みに『十字軍物語1』の發行日は二〇一〇年九月十五日、『十字軍物語2』は二〇一一年三月二十五日で、それぞれの読了日は、1は二〇一一年十月十七日、2はその二日後の十月十九日となつてゐる。これらの發行日や読了日を眺めてゐるとその時の自分のありやうが思ひ出される。

 

 十字軍の二百年にわたる聖地奪還戦争は、「神の代理人」のひと言――「神がそれを望んでおられる!」――で幕が開く。「神の代理人」とは当時のキリスト教世界の最高権力者ローマ法王である。この「神の代理人」といふレトリックがまた巧妙である。ことばの個人的な恣意性を「神の代理人」といふレトリックで消し去ることができるのである。

 

 いまでも「神の代理人」と同様の働きや機能や權威をまとつたことばを一國の長――首相とか大統領とかーーの肩書きに見出せる。小泉元首相は在任中「私人」を巧妙に使つて、衆目の目を誤魔化したが、任が終はつてしまふと、「私人」といふことばが小泉元首相の詭弁だつたことが明確に示される。退任後、小泉個人で靖國神社を参拝しても、だれも注目しない、どこの國も注意を拂はない。そのことからも、首相在任中、「私人」「私人」と弄してゐたが、したたかに「首相」として参拝してゐたのが見えてくる。

 

 この詭弁家の元首相が「改革には痛みが伴ふ」ととぼけて見せたが、この「改革」も「痛み」もレトリックである。この詭弁家の仲良しブッシュ元大統領も「テロとの戦ひ」といふレトリックを用ゐて、アメリカをイラク戦争に突入させたが、イラクに突入してみたものは、大義名分のレトリックの証拠がどこにも見出せなかつたといふ事実である。仲良しといふのは所詮似たモノ同士で共通項を持つ。このふたり、共に空つぽのレトリックを用ゐて、國民を騙したのが共通項である。

 20120118

   < 体裁よく包みこめば粗はいくらでも隠せる >

 

 なされたら結果が問はれるのが一般的である。「神の代理人」によつてはじめられた戦争も結果が問はれなければならないのだが、この結果の問はれ方がまた最高にフルつてゐる。これほど巧妙でシュールで最高なレトリックはない。いかに戦争が不毛な結果で終はらうと、「神の代理人」の責任は問はれない。なぜならここでも最大級、最上級の特別巧妙なレトリックが用ゐられてゐるからである。

 

 神は正しいことをいふ。このレトリックが人をまた別の過ちに導く。神は正しい。だが結果は悲惨であつた。さうであつても神のことばは正しい。正しい神のことばを体現できなかつた実践者のわれわれがいけない。責任はわれわれにある。罰されるのはわれわれである。ひとつのレトリックからかういふ理窟が捻り出される。だから「神の代理人」の責任問題は浮上しない。

 

 あらゆることを可能にし、あらゆるモノを存在させてみせるのもことばであり、レトリックである。魔法の力をもつて人をがんじがらめに縛るのもことばであり、レトリックである。

 

 さて現在。どこの國の爲政者も、叩かれこそすれ、詰め腹を切らされることはない。「神の代理人」が責任を問はれなかつたやうに、爲政者たちの口から出たご都合主義的なことばも責任を問はれることない。元爲政者たちは引退して悠々自適に暮らしてゐる。負債のツケを拂ふのは、ことばに踊つた人々ばかりである。ツケはどれほど大きくて重いものか!。それでも人は生きてゐる。逞しいのか鈍感なのか、それとも生きてゐるから生きてゐるだけなのか。






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  • これは旨い lundi 31 octobre 2011
    蛮茶庵 (11/04)
  • これは旨い lundi 31 octobre 2011
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